merlinrivermouth’s diary

酒にむかいて当に歌うべし。人生、幾ばくぞ。喩うるなら朝露の如く。去りし日ははなはだ多し。

(社会)親ガチャ、銀の匙を咥えて産まれる、生まれの違い

親ガチャの存在を否定している読者がいたので、ばっさりいきます。

親ガチャは最強だよ。

いつの時代も程度の差こそあれ、親ガチャが全てを決める。

親ガチャに類する諺はいくつもある。それらは親ガチャが時代を問わず普遍的にあることを示している。

平安時代、藤原の貴族と武士の下人は対等だっただろうか?対等でなかったから、平将門が反乱を起こし、坂東武者たちが鎌倉幕府を作り、承久の乱へと至った。

中世、軍事貴族である武家と百姓は対等だろうか?百姓を生かさず殺さずに富の生産に縛りつけていたのは武家だ。

現代、資産家の子供と地方の一般人が対等だろうか?沖縄のしがないバンドマンは結局音楽を諦めようとしているのに、竹下の孫はあんなにドヘタクソなのに、メジャーデビューして、北川景子を嫁に貰った。対等と言えるのか?

親ガチャは歴然としてある。努力で変えられるものなんて、たかが知れている。能力主義なんてものはほとんどの場合、幻想でしかない。

この世の中は、今も昔も、東西南北どんな地域、国でも、親の社会的地位、経済力、階層性、事実上の身分が決定的かつ絶対的にほとんど全てを決める。

下克上なんてものは、ほとんどあり得ないから、賛美される。史上最悪の独裁者だったあの豊臣秀吉ですら賛美されるのは、それだけあり得ないことだからだ。

親ガチャを問題とするかは価値観に依るが、親ガチャは現実に、そしてシビアに、絶対的かつ決定的に存在する。そのうえで、どう考えるか?だ。