merlinrivermouth’s diary

酒にむかいて当に歌うべし。人生、幾ばくぞ。喩うるなら朝露の如く。去りし日ははなはだ多し。

俺はカラオケのレベルではない。カラオケin川崎

21日まで待っても良かったんですが、なるべく計画したことはこなしたい性分で、昨日は暇だったし、五時間くらい歌いました。

最初、スピーカーとマイクが経年劣化でヤバい部屋だったので、チェンジしてもらいました。

一時間発声練習して、勘を取り戻し、ONE OK ROCKの初期の楽曲を歌いました。

前々から歌いたかったんですよ。

選挙近いし。

地球温暖化はヤバいし。

菅政権はクソだし。

 

存在証明

https://www.clubdam.com/app/damtomo/SP/karaokePost/StreamingKrk.do?karaokeContributeId=27172834

 

ケムリ

https://www.clubdam.com/app/damtomo/SP/karaokePost/StreamingKrk.do?karaokeContributeId=27172763

 

皆無

https://www.clubdam.com/app/damtomo/SP/karaokePost/StreamingKrk.do?karaokeContributeId=27172673

 

内秘心書

https://www.clubdam.com/app/damtomo/SP/karaokePost/StreamingKrk.do?karaokeContributeId=27172457

 

 

 

 

 

俺の話を聞けー

実家の診療所での一コマ

女医「痛かったら右手上げて下さい」

女医「あー親知らずがありますね。抜きますか?」

僕「あ゛ー」

女医「そうですよねー、このままだと虫歯になっちゃうと思うんですよー」

僕「え゛ー」

女医「そうですよねー、今度抜きましょうか?」

僕「あ゛あ゛うぉえ゛え゛うぉい゛え゛ー」

女医「はい?」

 

翻訳しよう。

「えー(このタイミングでそれ聞くんすか?)

「えー(仕事に慣れすぎて、こっちが喋れないの忘れてるよー)」

「俺の話を聞けー」

 

そんなあいつにこの曲を紹介しよう。

https://m.youtube.com/watch?v=vRE3f-qQkQA

 

「俺(あたし)の話を聞け、5分だけでもいい」と言われたら、覚悟しなければならない。まず間違いなく50分以上かかる。

人によっては5時間コースである。

僕とか(笑)、僕とか(汗)、僕とか(泣)

 

 

 

岡口氏への弾劾裁判が司法の独立を無効化する具体例

私が政権を握った場合。

私「法曹は近代理念の実現に向かわねばならない。それらに反した裁判官を弾劾する。尚、裁判官の80%が対象である。判決、判例を証拠とし、A素直に認め、専門家責任を果たせなかったことを公表したものは罷免。B言い訳をしたものは嘘をついたとし、法曹資格を奪う」

最高裁事務局「思想信条の自由に違背している!」

私「岡口氏への弾劾において、最高裁事務局はたかだがSNSの投稿を問題視した。近代理念に反する判決や判決を誘導させる行いより、遥かに軽微である。よって、最高裁事務局にはそもそも反論する資格がない。故に最高裁事務局の反論は却下し、最高裁事務局のメンバーはBパターンになる」

 

もちろん実際は、自民党は中国化を狙って、近代理念に基づいた判決を出した裁判官を弾劾にかけるための前例作りに岡口氏を利用しているわけです。

よって、これに岡口氏への弾劾に反対しない法曹は法曹たる実質的な資格がないと評価できます。特に日本の裁判官とかね。

数十人もSNSで反対すりゃ、弾劾なんてやらないです。

だって、数十人も弾劾裁判にかけれないでしょ爆

真の頭の良さ(テストの点なんて誰でもとれる。それを頭良いとは言わない)

テストはスポーツに似ている。

勉強の仕方と点数をあげるためのコツを教えてもらえさえすれば、労力をかけた順番に点数が上がる。まさに一本でも素振りした者が勝つ世界である。

当然、高い学歴を得るためには犠牲がいる。それだけ労力が必要だからだ。人間関係、経験、知見、、、勉強に労力をかければかけるほど、学んだことを内実化する契機が失われる。

本来、学問は長い時間をかけ、当人がそれが必要だと思ってするから、意味がある。

 

勉強ができる人ほど、勉強ができることが人格的に優れている証明のように語ることが多い。実際には、そんな因果関係はない。人格的に優れていることを要求される科目はない。

むしろ、そのような発言が、当人が自身の何らかのコンプレックスを乗り越えていないガキで、人格的に優れていない証明になる。そして、同時に、それを発言して、そのような評価を受けるということさえ分からないほどの馬鹿であるとも。

 

頭の良さとは、さまざまな基準がある。

想像力、先見性、直観力、論理性、類推能力、創造力、計算能力、抽象概念と具体存在の往来。

教養はこれらがなくとも、非常に容易に学びとることができる。教養の高さは真の知性とは無関係である。確かに、これらの能力を育てる契機にはなり得るが、そもそもこれらの能力を育てたいと当人が強く思わないのであれば、意味がない。

意味がない奴が教養高くとも、宝の持ち腐れであり、ネット民が情報通語るのとあまり大差ない。

また、これらの概念が必要な科目は1科目しかなく、学生のほとんど全ては全く点をとれず、現在でも大人は得意としない。それは現代文の読解と回答である。

 

想像力、先見性、直観力、論理性、類推能力、創造力、計算能力、抽象概念と具体存在の往来、これらを自らの脳内で巡らし、計算するために、邪魔になる性格がある。

先入観、自己相対化の欠如、自分自身の何らかのコンプレックスである。

ある予測をしたり、ある情報を解釈したり、ある戦略を計算する場合、個々の事象の可能性や確率が大きく違えば、結論が大きく間違う。そのような誤謬が起きる原因は、自身の「こうに違いない」「こうであってほしい」「こうあるべきだ」という感情だ。それらの感情の発生原因は自身の何らかのコンプレックスにある。

だが、それらのコンプレックスがない人間はおらず、自由になるためにはこの世から解脱して仏様になるしかない。考えに反映しにくくすれば良いだけであるから、自身のコンプレックスと向き合い、それを自覚し、自分を疑う或いはチェックし、それらをあらかじめ考慮に入れたうえで、計算する必要がある。

当然ながら、それができる人物は最も許せない自分自身の一部を許せる人間であるから、他者に対して非常に度量があり、寛容であろう。

自己中心的、無謬、傲慢、ご都合主義、これらの性格は知性がない証明と言える。

 

想像力、先見性、直観力、論理性、類推能力、創造力、計算能力、抽象概念と具体存在の往来。

これらの能力が発現するのは、才能と動機が必要である。

持って生まれた遺伝形質だけでなく、幼児からそれを必要とされる異常に緊張感を強いられる、不遇な環境とそれがそのまま人生全体の不幸にならない、強靭な肉体と幸運。異常な切迫感に包まれた、正義感或いはヒューマニティー或いはコンプレックス。

これらが想像力、先見性、直観力、論理性、類推能力、創造力、計算能力、抽象概念と具体存在の往来を鍛える。

当然ながら、そのような人間の才能はその人自身を不幸にもさせる。

 

ある矛盾が発生している。

ある仕事をする動機自体は非常に強い自己のコンプレックスだが、仕事内容自体はそれを相対化しなければならない。

だが、この乖離が大きければ大きいほど、偉大な成果をなし得る人物になる。または最悪の不幸を招くか。

自身の中に潜む怪物が大きかろうが小さかろうが、それを手懐けなくてはならない。でなければ、自分という怪物にむさぼり食われ、自分や親しい人の人生自体を不幸にするだろう。

これを成し得る人こそ、大事を成し得る資格があり、真に知性があると言える。

 

どの仮説にも検証が必要で、常に修正する必要がある。如何に想像力、先見性、直観力、論理性、類推能力、創造力、計算能力、抽象概念と具体存在の往来が行えたとしても、検証するだけの経験を積まなければ、脳内で妄想しているだけである。

教養は内実化しなければ、意味はない。王陽明知行合一と言っている。内実化するためには、ありとあらゆる経験が検証を行う実験となり、古今の教養や含蓄を内実化する契機になる。

自分に甘い人間、自分を顧みない人間には用がない。自分に厳しく、自己反省を厭わず、しかし己が飼う怪物に負けず、世間に対する抵抗を続けられる者しか持ち得ない。

長い苦労、にも関わらず無謬や傲慢に陥らず、寛容で居続けられる者こそが知性を育める。それには透徹した意志が必要で、透徹した意志を持つためには強烈なコンプレックスが必要だ。

 

高い知性は分野にとどまらない。教養がないからと言って、知性が低いとは言えない。生半可な教養は先入観を産み、知性を低くさせる。教養があるからと傲慢になれば、無謬になって、馬鹿に陥る。

どの分野でも、あることに集中して取り組むならば、知性が必要になる。スポーツでも、手に職でも、知恵が必要になる時がある。

また大事を成し得ないからと言って知性がないとは言えない。

こんな世の中で、幸福な家庭を築ける我慢強さと寛容さを双方ともに持ち得るだけでも知性が必要であり、離婚しながらもキレずに子育てをするだけでも知性がある。自身の夢のために資金が必要で、キャバ嬢やっているというのも知性があると言えるし、社会正義のために自分の稼ぎを棒に振っているのも知性がある。

知性がないというのは、傲慢であったり、無謬であったり、先入観の固まりで、ステレオタイプの評価しかできない人間のことだ。そのような人間はどんなに教養があっても、どんなに高い学歴や専門知識があっても、その人自身の判断をその人自身が向き合えない問題によって曇らせ、自分の感情に負ける。彼らは既に自分の怪物に自分をむさぼり食わせた残骸でしかない。

 

大人になっても、テストの点数が人間性や優秀性を示すと思っている輩がいる。彼らはその発言自体によって自らの愚かさを表出している。

私が高校生の頃、同級生が努力と才能について議論していた。

私は言った。

「努力と才能はかけ算だ。才能がない人は努力しても結果は出にくいが、才能がある奴は他人より少ない努力で結果が出る」

彼らは言った。

「それは言えてるな。お前は馬鹿だけどな」

私は何も言わなかった。馬鹿に何を言っても仕方ない。

あれから彼らはどうしてるだろうか?きっと物凄い馬鹿になってるに違いない。

 

 

 

ネットはリアルに勝てない。ネット民はリア充に勝てない。

ネット民は情報通であることを誇りにし、ネットをあまり利用しない、リアルにより重きを置く人々を見下す。しかし、彼らの情報源であるネットの情報源はリアルである。なんという皮肉であるか。

ネット民は無益で、自己満足にしか過ぎす、周りに疎まれるだけの論破が大好きである。実際のところ、論破していると思っているのはネット民だけで、当事者もその他も相手にしていないだけである。

論破にこだわるネット民は論破対象の文章を読まないし、論破対象の文章が論じている状況を類推しない。ネット民が欲しているのは論破であって、前向きな議論や啓蒙ではない。ネット民が議論する相手の文章をちゃんと読んだり、類推をするわけがない。

ネット民はわざわざ出向いて、迷惑行為を働き、「論破した」と喜ぶ。非違行為を指摘されれば、「わざわざ親切に教えてやったのに」と意味不明な言葉を吐く。誰も頼んでないし、助けにもなっていないというのに。キモいだけである。

ネット民は匿名しかいない。実名を名乗る人は稀だ。誰かに突っかかる時、彼らは匿名を用いる。背後から人を殴るような行いが好きなのか?それともよっぽどビビりなのか?信用できない匿名を使う人を誰が信用するというのか?

ネット民の傲慢さはネット上でしか通用しない。外に向かえば、非モテ系の嫌われ者で、階層問わず蔑みの対象だ。ネット民は外ではネット民的性格を隠そうとするが、その傲慢さ、礼儀や誠実さのかけらもない言動や他者の尊厳を踏み躙る態度、ご都合主義の無謬性が滲み出てしまう。

何故、ネット民は論破なるものにこだわるのだろうか?

前向きな人間関係や知識や理論や経験を共有するという気持ちがないのだろうか?

そんなに自分が偉くなくてはならないのだろうか?

それとも、彼らの「リアル」はそれだけ精神を擦り減らすものなのだろうか?

だとすれば、ネット民の言動や態度自体が自身のリアル生活にブーメランになっているのだろう。ネット民が幸せになりたいなら、匿名で書き込みとかやめるべきだろう。

私としては、論破というネット民の八つ当たりなんて迷惑なだけだから、やめてもらいたいところだ。少なくとも私に絡んできたネット民が私に対してやめないなら、ネット規制法を使い、強制的に止めさせる。

 

余談①

僕が幼児だった頃、実家が武家の出なので、異様に喧嘩の作法を教えられました。今から思うとヤンキーと大差ない苦笑。

タイマンで喧嘩をする時は正々堂々、「やーやー、近からん者は目にもの見よ。遠からんものは音にも聞け。我こそは、、、」みたいに名乗りあげたいです。

自信の証明、正当性の証明、度量の証明、勇気の証明ですから。

ネットの、匿名が、見ず知らずの人間に、一方的に絡む、小さい心が僕には分からない。やってることがモスキートと大差ない。

 

余談②

蒙古襲来の時、大将が名乗りあげるだけでなく、すげーたくさんいる武将も名乗りあげました。

確かに僕が蒙古でも、

「うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ。

みんなで口上、さすがにうっせぇわ」

と思って、爆雷投げます。

 

 

G7一律法人税15%以上提案

G7において、財務省中央銀行総裁の会合に先駆け、OECD加盟国の一律法人税15%以上が提案された。

名目的には、タックスヘイブンを解消し、世界的企業に対し税を課すという目的である。もちろん、それも主題であるが、実は隠された、具体的なターゲットが存在する。それは日本である。

そもそも、アメリカを除き、OECD加盟国は法人税15%以上をクリアしている。日本は諸々の除外条項によって、大企業ほど税金を払っていない。アメリカの金融機関でさえ、三菱UFJ銀行がほとんど税金を払っていないことに日本政府にクレームを出している。

日本は大企業への税の控除を改めさせられる可能性が高い、という文脈である。

 

日本企業はどの階層においても人材が極めて乏しく、国内経済はシュリンクしており、構造的欠陥を抱えているため、競争力が低下しており、一部の企業を除いて、政府の支援がなければ、まともな経常を上げることができない。彼らはジョブ型雇用が改革の呼び水になると考えているようだが、私は浅知恵であるように考える。

日本産業の競争力が弱い原因は意思決定階層に有能な人材を参入できないこと、社会福祉政策に舵をきれず、国内市場の縮小傾向が止まらないことにある。実は、これらの問題は日本のホワイトカラーの企業文化と世間及び精神性に密接に結びついている。

日本のホワイトカラーは階層が高くなればなるほど、独善的で、自己利益のみが唯一善であるように考える傾向が強い。彼らは自らの税率を上げる提案はしないし、多角的で自己犠牲的な提案や人材を排除する。結果、彼らより優秀になり得る人材やパラダイムを変える人材は彼らと同じ土俵に立つ前に排除され、国内市場を拡大させる社会福祉政策は拒絶され、ただひたすらに企業を焼け太りさせる政策と富裕層への税の優遇が行われる。

つまり、私が考えるに、日本経済や日本企業の競争力の低下が止まらないのは、日本にホワイトカラーの文化や精神構造自体の問題であり、まさに体制の根源的なものであるから、解決される可能性は極めて低く、ジョブ型雇用はせいぜい発展途上国のそれのように、労働者の搾取体制を強化し、労働コストを下げるというだけの意味になるだろう。社会的にも非常に混乱するだろう。

日本企業の固有の問題が解決されない中で、税の優遇措置を失えば、たちまち経常が怪しくなり、外国資本が離れれば、株価は下落することになるという危惧が私にはある。ジョブ型雇用や整理解雇というのは経常収支を一時的にまとめる機能を果たすだろう。

日経ビジネスなどは日本企業の明るい未来を語るのが好きだが、実際には暗い未来しか待っていない。そしてこうなる運命はバブル期に既に準備されていた。にも関わらず、日本が世界的に影響力があり、先進的で、未来もそのような地位を維持していると、日本の意思決定層やエリートは妄想し、その妄想から戦略を形成しようとして、失敗し、アドホックな対応に追われている。端から見れば、何かのコントのように思えるが、脳みそが腐っていてはどうにもならないという、悲劇である。

 

余談① 実家のベランダは庭になっています。たまにタバコを吸うので、利用されますが、最近「ブーン」という音をこれ見よがしに聴かせる輩がおりまして、僕はベランダから追い出されました。

 

余談② 32年間大黒柱として一家を支えてくれたGEの冷蔵庫がご他界なされました。

ハーゲンダッツがー、、、、

サラダどうしよう?

日本において、怒りを我慢せよ、という主張は反近代であり、正当性がない

さっき、さらーとはてなブログを眺めていたのだが、どうも「アンガーコントロール」というのが流行りらしい。

欧米において、階層性が高い人ほど、他者に対してセルフリスペクトを貶める発言ないし主張は御法度である。最低でも表面的には、他者に対して尊厳を傷つけるような発言をしてはならない。

日本の世間、特にホワイトカラーの中間団体にはこれが全くない。日本の法律も人格権侵害を容認している。事実パワハラの責任を加害当事者がとることはほとんど全くない。これはパワハラが世間にとって必須であると体制が見做しているからだ。

当然ながら、そのような世間でつつがなく生活できる者はその世間の理屈をプライベートでも持ち込むし、そもそも中間団体に所属している人は所属構成員以外どうでもいい人だから、好き放題やって、モラハラのオンパレードである。

また、日本の法運用は極めて恣意的であり、社会正義の観念が全く不足しているから、そのような状況が改善される見込みがない。

つまり、日本という国は一方では人格障害的な人物たちが一方的加害者として存在し、被害者はそれに対して抵抗しようがないというような状況が日常茶飯事であると言える。

このような状況において、「アンガーコントロールできない人はダメだ」という論調を発言することは、不当に虐げられている被害者を抑えつけることに変わりない発言とあまり大差なく、間接的かつ強力なモラハラであると評価できる。

一般的かつ歴史的に、持てる者ほど自己抑制が必要である。持てる者ほどアンガーコントロールは必要だが、日本において富裕層やプチブルと評価できる階層は一割もいない。となれば、基本的にはアンガーコントロールという言葉に正当性があるのは、当事者が八つ当たりしている場合か、当事者の階層性が高い場合に限定され、特殊状況にある場合である。

 

補足)日本のホワイトカラーには婚姻にまでパワハラモラハラを持ち込むカスが結構いるらしい。愛すべき人がいるから結婚するんじゃねーの?と僕は思うが、日本のホワイトカラーは社会的に必要だから結婚するらしい。イカれてんな。

 

補足2)アンダーコントロールがアンガーコントロールになっていたが、面白かったのでそのままにした。

アンガールズのファンということではない。