merlinrivermouth’s diary

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(レビュー)オオカミの皮をまとう男

Netflixオリジナル映画です。

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あらすじをあらすじ

たぶん20世紀初頭。

山奥の限界集落の唯一の住民の主人公はハンターで生計を立て、基本的に自給自足の生活をしていました。皮は必需品であり、かつ高価で、猟を誰もやりたがらないため、貧乏ではありません。しかし、ハンターという職業や山奥で孤独に暮らしていることは偏見と差別の対象でした。

主人公は偏見や差別にうんざりしていたので、半ば人間関係を諦めており、結婚を勧められても断ってました。しかし、水車小屋で女性となんとなくそういう関係になって、希望を感じました。

なんとなくそういう関係になった女性の親は皮の代金の代わりに彼女を主人公に嫁がせました。

主人公は人との関わり方がよくわかっていないだけで、子供の狼を見逃すほど性根が優しい男なので、不器用ながらも身売りされた彼女を愛していましたが、彼女にはあんまり伝わっていない様子でした。

主人公のお嫁さんは病気になり、主人公は必死で看病しますが、死産し、彼女も死んでしまいます。主人公は彼女とその子供を埋葬しますが、彼女が病気もちで、自分に嫁ぐ前から妊娠していたことに気付き、腹を立てます。

主人公は彼女の父親を問い詰め、彼女が未亡人で、にも関わらず懐妊していたことや病気を抱えていたことを白状しました。彼女の父親は主人公を差別していたので、裏切り行為に問題を感じなかったのです。

主人公は「お前を愛していた娘を死なせたのはお前だ」と父親を責め、「春に皮の代金をとりにくる」と告げました。

春、主人公は父親のところに行き、皮の代金を求めますが、父親が代金として用意したのは末娘でした。主人公は家族を持つことについて諦めきれなくなっていたため、了承してしまいました。

父親は末娘に毒を与え、耐えきれなければ主人公に使うように告げました。

主人公は二番目のお嫁さんに、これまた不器用ながらも優しく接しようとしましたが、お嫁さんの方はとにかく文明と隔絶した孤独な生活や好きでもない男と身体の関係を持つこと、そして何より差別感情から、主人公の優しさを感じることができませんでした。また主人公は主人公で、コミュニケーションがとれませんでした。

彼女は懐妊しますが、ついに生活に耐えられず、主人公に毒を盛り、意気揚々と下山しようとしますが、道に迷い、狼用の罠にはまってしまいます。しかも冬でしたので、一晩開けて、意識不明になりました。

主人公は彼女を探し出し、これまた一生懸命に看病しました。彼女は意識が戻りましたが、主人公は彼女が生活に耐えきれないことを慮り、彼女に離縁することを告げました。

主人公は健康が回復しないので、何かおかしいことに気付き、ハーブティーの中身を確認したところ、自分が毒を盛られていたことを知ってしまいました。

主人公は人間に絶望し、毒を飲んで、ベッドに横たわり、狼に自分の身を任せたのでした。

終わり。

 

私的解釈

スペインは西欧ではありません。個人主義を基調とした市民による西欧近代の社会ではないということです。日本ほどでないにせよ、世間があり、少数派に対する偏見と差別が根強いです。

社会から孤立または脱落してしまった人がどれほど絶望的な状況であるかを、具体的な比喩を用いて表現しています。

我々日本人はスペインよりも顕著に非世間存在について顕著な態度を示しますし、しかもスペインよりも非世間存在を多数作り出しています。日本人において、なんらかの挫折をした人はスティグマを持ってます。

世間側に理解されず、受け入れられず、社会から孤立とは物理的な意味ではなく、精神的な意味でもあることを示す映画でした。

非常に上手く表現されています。世間側の人間も世間の非人道性を認識せざるを得ないでしょう。

 

感想

非世間存在は世間側と人間的な接点を持てば、不幸を呼びます。

僕も非世間存在です。ですので他人事のようには感じられませんでした。しかし、日本はスペインよりも極端な世間があり、しかも世間が明示化されていません。つまり、アウトサイダーはかなり存在するので、完全に絶望する必死はないということです。

日本おいて、非世間存在は、自分の身を守る警戒心さえ怠らなければ、絶望的になる必要はない、ということです。勿論、仲間になり得る非世間存在は世間存在と違う意味で危険である可能性があり、基本的に世間を頼れませんから、常に緊張感を持って自分で物事を判断する必要がありますが。

日本の世間は包摂しません。僕がどんなにキャリアを重ねて、社会に必須な人材と評価されても、僕は世間に組み入れられることはありません。例えば物語の主人公が生活を捨てて、町で普通に暮らすても、偏見や差別から自由になることは不可能でしょう。

一度、非世間存在になれば、個人化する以外に生存の道はありません。自己利益を自分で評価し、生活や人生計画について自らの考えを恃み、世間側を信用しないということです。

世間側との婚姻は包摂を求める行為です。物語の主人公の不幸の始まりは二度目の婚姻からです。彼に適切なパートナーは最初の妻即ち、未亡人であり、にも関わらず父親不明の妊娠をしたような、非世間存在でした。

末娘は主人公と婚姻するまでは世間存在であったので、主人公との生活に耐えきれず、主人公に不幸をもたらしました。

僕はこの物語から教訓を得ました。世間側とは表面的な付き合いに留め、個人的な関係は非世間存在で人間性を喪っていない人とだけ行うべし、ということです。

 

 

 

(日記)今年の抱負

僕は最近どうかしてました。

確かに内分泌系が上手く機能していない時期で、情緒不安定であったものの、誰かにあたってもいいことはありません。

原因は僕の責任ではありませんが、結果の責任を負うのは僕です。

世の中は理不尽です。僕は理不尽を看過できない人間です。ですが、僕は多少の自身への理不尽には耐えねばなりません。

僕は特別な存在です。普通の人のように堕落することは許されていません。功業をなし得ねばならないのです。

 

僕の肝臓が内分泌系を正常化させるのは、12月半ばから数えて、2週間から4ヶ月程度だろうとのことです。2ヶ月と計算して、2月の半ばには復調する見込んでいます。

そのデータを基に今年の計画を策定します。

 

東京大学文科三類への受験勉強

僕が功業を為すのは宿命であり、責務です。これはその道に非常に近づく手段であり、最も近道であると言えます。

東大卒業後にアメリカの大学院へ進むので、わざわざ難しい文一とか経済学オンリーの文ニに進む必要はありません。

東大は留学が非常に容易ですから、東大を選んでます。時間はある意味で無限ですので、東大一択です。

使命といえばかっこいいですが、要するに仕事ですね、ほぼ。

 

ボイストレーニング

二月半ばに復調するとのことですか。二月半ばから申し込む予定です。

僕は音程以外、日本の男性ボーカルでは最高レベルです。そして、人はよく嫉妬します。つまり、僕が歌を楽しむためには、最高を目指さなきゃならないということです。

個人的には、ボーカルはほぼスポーツなんで、他のパートの人が嫉妬する必要はゼロですし、オペラとかクラシックとかボーカルなんて色物扱いで、音楽センスなんて全く期待されず、実際スポ根がないと身体を楽器として扱えないんで、正確な評価なんですが、なかなかボーカル以外のミュージシャンや素人は気付かないらしいです。

いや、お前ら、ガチでボイトレ受ければ分かるから。ほぼアスリートだよ。

 

・恋愛

そんなん知るかボケ…自分から探すようなタイプでないことはこの一年で気付きましたし、僕はある程度過去精算しなければ、不安定さが迷惑をかけます。

ので、まず過去にケジメをつけて、まー気長に出会いを待ちますよ。

 

・掃除

過去にケジメと言っても、早い話、肝臓の復調と実家の片付けです。引きこもってた時、家が生活圏の全てだったので、もうヤバいす。

おふくろは相原さんのペットの写真見せたら、犬と猫飼いたくなったらしく、それにはやっぱり片付ける必要があります。

親との問題は事実関係では解決できませんが、内心では許しを与えることができます。許すというか赦免するということですね。

そういう作業を片付けることに仮託して、かたをつけるつもりです。

 

・半年後のマッチングアプリの特許許可

僕は実際の僕と180度逆の属性を疑われる経歴です。ま、会っちまえば逆に警戒されますが。

僕が特許申請中のマッチングアプリが特許になれば、経済的利益や多くの真面目な人々が救われるだけでなく、そういった僕個人の問題もかなり軽減されます。

僕は英雄または半神の気があるので、足を引っ張られるのがデフォルトみたいなところがありますが、もういい加減誤解されるのはウンザリしています。

 

追記

閃光のハサウェイを観て、彼と僕とでは、属性、態度、価値観、能力、才能が極めて酷似していることに気がつきましたが、ある一点、彼と僕とでは180度違いがありました。

彼は現実を諦め、破滅に突き進みますが、僕はどんなに弱音を吐いても、諦めないということです。

彼は自らの不幸に酔って、悲劇を迎えることにカタルシスを感じています。

僕は復讐に酔って、歴史に名を残すことが最大の名誉だと感じています。

彼は自分の愛機に元カノの名前をつけてます。

ガチで引く。

僕が自分の愛機につけるなら、「マキシマム・ザ・セックスマシンガンズ・勇者ヨシヒコガンダム」です。

因みに勇者ヨシヒコはみてくれすげ〜英雄てな奴ですが、スーパームッツリスケベです。

 

 

 

(社会)弱者男性と男性学

私は精神科にかかっていた時があります。問題は精神科医の誤った投薬によって、再起不能になり得たことでした。

その時、精神科医はこう勧めたのです。

「社会復帰をきっぱり諦めろ」

フェミニストが弱者男性に男性学を勧めるのはこれと似ています。

弱者男性が生きづらいのは、男性であるという前に、社会的経済的事情に依るものが大きく、彼らは少なくともミッドミドル以上の男性より、男性性をあまり前に出しません。自信がそこまでないですから。

彼らに「男らしさを捨てろ」と言うのは、彼らに「そのまま経済的恵まれない状態でいろ」と言っているのとあまり大差ないのです。

 

男性が男性故に苦しむことは確かにあり、女性が男性と社会的にも経済的にも対等になり得れば、男性もいわゆる男らしさを捨て、楽に生きる選択肢を得ることができます。そのような経済的、社会的状況ー例えばフランス共和国のようなーでは、男性学というのは大変意義があるものでしょう。

しかしながら、日本のような閾値を超えた経済的格差の拡大とそれに伴う決定的な階層の分断は同じ言葉でも、それを呼びかける対象によって意味が全く違うような状況を作り出しています。

例えば自己責任という言葉は、アッパーミドル以上の階層とミッドミドル以下の階層とでは、言葉は同じでも意味が違います。

男性学という存在も同様です。社会的影響力があり、経済的地位に恵まれている男性に対してならば、それは主張されなければなりません。彼らには男性であることの利益があり、実際に階層性が上がれば上がるほど、男性であることの利益を最大限に利用しようとしております。しかし、ロワーミドル以下の男性には男性であることの利益はなく、つまり男性の利益を行使する選択肢はありません。彼らに男性学を勧めても、彼らは改めて自分たちが負け組だと思い知るだけです。

日本は紛れもなく、男性が有利な社会です。しかしながら、それはあくまで、上位の階層にある人々だけです。下位の男性は棄民されかかっており、彼らに男性であることの利益などありません。彼らに当事者でない誰かが「男性であることを捨てよ」と主張しても、何を今更と思われるでしょうし、いらぬ説教されているようにも思われるでしょう。

 

弱者男性には自身の社会的な男性性をどうするのか?という選択肢がありません。しかし、ミッドミドル以上の女性には社会的な女性という立場をどうするのか?という選択肢があります。

日本ではミッドミドル以上の女性は女性という立場を捨てずにキャリアアップすることが難しく、それは確かに大きな問題でしょう。ミッドミドル以上の女性は女性として生き、経済的な地位をある程度諦めるか否かの選択肢を迫られています。

弱者男性は社会的な男性の役割を捨てたところで、何か大きな変化があるわけでもありません。せいぜい「俺は結婚できなかったんじゃない、結婚しなかったんだ」というような発想の転換或いは誤魔化しができるようになる程度です。

弱者男性が社会的な男性という役割をやめれば、アッパーミドル以上のキャリアウーマンと結ばれるというのであれば、ミッドミドル以上の女性の選択肢と対等になるでしょう。しかしながら、アッパーミドル以上の女性のほとんど全ては、弱者男性のことを歯牙にも掛けていません。学がないからと対等に会話する相手にならないと決めつけていますし、そもそも経済的地位が釣り合わないと考えているからです。

このような状況で、弱者男性に男性学を勧めても、余計なお世話以上のものになりません。彼らには選択肢がないんですから。

 

私は個人的な感覚ですが、いわゆる弱者男性はあまり男性的ではありません。ほとんどがオタクで、つるむ仲間は男性で、匿名ネットではともかく社会では優しく気弱な人たちです。彼らは選択肢がない中で、環境に適応し、ごく自然に男性性を捨て去りつつあるのです。

方や、アッパーミドルの自称フェミニストの男性の中には、男性性を強く押し出している人々がいます。彼らにとってフェミニズムは自身の男性性を主張する手段でしかありません。しかし、フェミニストの女性、特に古参でないフェミニストは彼らの危険性についてあまりにナイーブに過ぎます。

彼らがーもしかしたら私もそれに入るかもしれませんがー女性に優しいということは女性を対等に見ていないという可能性がありますです。もし、女性と男性を「対等に」見ているならば、フェミニスト男性としての態度は弱者男性にかなり配慮しなければなりませんし、フェミニズムを女性にモテるための手段にはしません。しかし自称フェミニストの男性の中には、弱者男性に非常に横柄かつ傲慢で、フェミニズムをモテるための手段としている人が多く見受けられます。これは、非常に強度な男性性の証明です。

私は最近のフェミニストが彼らに説教や注意をしたことを見たことがありません。それどころか、フェミニズムを理解しているが故に、男性としては弱者男性に配慮する必要があると主張する私を「インセル」扱いしましまた。女性のフェミニストインセルつまり男性のモテを高く評価するという状況は極めて問題がある言わざるをえません。

現実的に男性学に近い弱者男性より、フェミニズムを利用しているだけの非常に男性性が強い男性をモテるということでフェミニストが評価している状況で、フェミニズム側が弱者男性に「男性学」を唱えたところで、説得力などありようはずがありません。

 

女性の社会的地位が上昇しているのは、フェミニストの長年の努力により、社会が受容しつつあるからです。フェミニストが社会に強制したからではありません。あくまで、主体は社会です。

男性の社会的役割を放棄しても良いという思想を、ただ声高に唱えても、そこに何らかの利益がなければ社会は動きません。

例えば、女性の社会的地位を上昇することを社会が受容しつつあるのは、能力が高い人を労働力として確保し、また潜在的な消費者を増やすことができるからです。もし、キャリアウーマンとパートナーになった男性が自身のキャリアを維持できる状況で、パートナーと対等に接することができるならば、社会や体制とすれば、階層を再生産し、消費を持続可能になります。

ですが、アッパーミドル以上の男性は必ずしも同一階層の女性を選びません。経済的に余裕があるため、選択肢があるからです。ミッドミドル、ロワーミドルの女性は同一階層の婚姻にこだわりません。にも関わらず、キャリアウーマンは同一階層以上の男性にこだわります。教養や経済的な階層が似たようなものでなければ、対等になり得ないと考えているからです。

キャリアウーマンはキャリアを捨てたくないので、家庭の問題について、自分以上に気にかけてくれる男性を探します。しかし、同時に、教養や経済的階層が似ていなければ関係を構築できないとも思っているので、アッパーミドル以上の男性から探すことになります。アッパーミドル以上の男性は男性的であるということに選択肢があり、女性を選ぶことについても必ずしもキャリアウーマンを選ぶ必要はありません。

確かに、日本は家庭への支援は弱く、女性に家庭について負担を押しつける文化で、女性が結婚しながらキャリアを積み重ねるのは難しい国です。しかしながら、金ではなくキャリアが大事ならば、男性を強く主張できない、そもそも経済的にパートナーに依存せざるを得ないが故に家庭の面倒を見ざるえないだろう弱者男性に見向きもしません。学や教養などの違いは、密なコミュニケーションでは解決不能というのでしょうか?

弱者男性が弱者男性であるのは、自己責任ではありません。選択肢など彼らにはほとんどありません。もし彼らに自身の仕事で忙しく、男性に家庭の面倒を見てほしいという女性へのチャンネルがあれば、彼らは男性学を真剣に実践するようになるでしょう。

しかし、現実には、キャリアウーマンは弱者男性をパートナーにするくらいなら、孤独でいいと考えています。そのような社会状況で、弱者男性に男性学を説いてみても説得力などありません。弱者男性に「男性性を捨てないから辛いんだ」と言っても、とうの昔にほとんど捨て去っているうえ、それを実践したところで現実的な利益なんてないからです。そもそも彼らへのチャンネルは閉ざされぱなしなんです。

弱者男性は男性学を主張されるまでもなく、徐々に男性性を捨て去りつつあります。男性学はキャリアウーマンの階層を再生産させるということが実証されれば、社会に受容されるでしょう。しかし、現実に男性学を受容できる余地がある男性の階層である弱者男性をキャリアウーマンは選択しません。結果、日本では、男性学は使い道がないわけです。これは弱者男性側の責任でしょうか?

 

弱者男性にとって、男性学というのは形而上の課題であり、形而下の課題ではありません。社会的、経済的利得がないからです。

彼らは環境に適応し、男性性を諦めつつありますが、男性学について拒絶反応を起こします。

フェミニストはそれを弱者男性が男性性が強いからだと誤解しています。しかし女性の影が薄い男性たちが男性であることを維持する必要はありませんし、実際に彼らのカルチャーは女性的です。

オタク文化は一見すると男性的に思えます。しかしオタクの行動様式は概ね女性的です。女性が不在であるため、女性を理想化し、現実、自身が女性的な側面を有していくようになります。男性的である必要はあまりありません。

つまり、弱者男性が男性学に拒絶反応を示すのは、弱者男性の男性に理由があるのではないように考えます。むしろ逆に彼らが男性学にあるようなことを言われるまでもなく、実践「せざるをえない」からだと考えます。

さながら、キャリアウーマンが男性に「お前が出世するためには、女性を捨てろ」と言われているようなことです。

彼らは男性であることをやめたくはないでしょう。ミッドミドル以上の男性のように男性らしさを捨てずに生きたかったはずです。しかし選択肢がありませんでした。しかもそれは前向きに出世できるからではなく、生存と心の安定のためです。

そのような人たちに階層に接点がない人々が「男性らしさを捨てれば楽になれる」と言えば、彼らは非常に頭に来るでしょう。

「俺たちの苦労も知らないお前が、俺の努力も知らずに、上から目線で好き勝手言ってんじゃねえ」てね。

キャリアウーマンに男性が「お前が出世するためには女を捨てろ」と言っているのと、固有名詞を変えれば、全く同じです。

弱者男性には選択肢がありません。選択肢を閉ざしているのは、なんだかんだで女性側です。ならば、彼らには男性学を説くのはやめなければなりません。

男性学を唱えるべき相手はアッパーミドル以上の男性です。

 

 

 

 

 

(日記)あたしに似たのね

肝臓がまだ本調子でなく、定期的に気分が悪くなるので、安定するまで実家で寝泊まりしています。なんでも、NYのドクター曰く、肝硬変とか肝臓癌からの回復過程を参考にしているとのこと。

あと一、二ヶ月て言われました。

そういうことはもっと早く教えて欲しかったです。

調子が悪いので、励ましてもらおうと、おふくろに話しかけました。

 

僕「この先も苦労があると思うと心が折れるよ」

母「大丈夫よ」

僕「俺はもう四十になる」

母「見た目若いんだし、大丈夫」

僕「肌だって、ツヤツヤじゃない」

母「二十代に見えるわよ」

僕「垂れ下がって来てるし」

母「ぴちぴちよ、二十代に見える」

僕「そうかな?苦労した感じが出て来てると思うけど」

母「大丈夫よ、あたしに似たのね」

僕「…。…は?」

母「あたしに似たのね」

僕「…。…ごめん、もう一度」

母「だから、あたしに似たのね」

僕「なんだよーそれ言いたかっただけだろー。いや、もうこのくだりブログに書くわ」

 

どさくさのおふくろでした。

僕が皮膚科に通ってるのは美容のためではありませんし、アンチエイジとかしてません。つい最近、化粧水使い始めただけです。

僕が皮膚科に通ってるのは、ウオノメ治すためです。

窒素で焼かれるなんて、チッソー。

 

 

(法律)日本のネットの対処法

日本のネットの状況

1.経済的損害、身体的損害が立証されない限り、誹謗中傷や名誉毀損を是正する機会がない。

2.プロバイダーのアカウント規制は極めて恣意的で信用が全くない。

3.当然のように複数アカウントが奨励されている。

4.個人にとって重要なツール。

5.今後の日本で、有効なネット規制がされる可能性は低い。

6.日本のネット状況と自身にとって有効なSNSの使用方法を模索する必要がある。

7.ネット上の嫌がらせはネット上では無敵だが、現実社会では見えない打撃が致命的に永続する。

8.日本はネットと現実を完全に分離させるべきだ。

 

1.法的に荒らしユーザーに対抗し得るユーザー

A.日本では、荒らし行為に対して法律の遡上に乗らせるためには経済的損害が立証する必要があります。

経済損害が立証されると民事ではなく、いきなり刑事になり、額も非常に多額になります。具体的には刑事では名誉毀損罪などに問われ、民事では数十万以上の損害賠償を求められます。

嫌がらせを受けたユーザーは一度アカウントを閉じて、新たなに違う名前でアカウントを始めることができます。つまり、それを行えば経済的損害が発生するユーザーが対象になります。人気商売で経済的利得がある人です。

著名人、作家、芸能人、ライブハウスなどで活動している人、個展を開いている芸術家、飲食店などの商店などなどです。

これはまさにこれから売り出そうとしている人も含まれます。とにかく経済的損害が立証できれば、刑務所一歩手前まで送り込むことができます。

立証する場合は、例えば、「荒らしの影響で撮影会に行くのをやめた」というファンがいて、実際に具体的に以前と〇〇人客が減っている場合、減った客一人につき一万円以上の損害を立証でき、荒らしを是正できます。

逆説的には、それ以外の大多数の普通の人は経済的損害がありませんから、法律で対処するのが難しくなります。

B.ビラをまくのと同じ効果が発生するようなことを荒らしが行った場合は、誰でも法を使えます。これは名誉毀損罪です。

例えばフォローしてくれている人やフォローしている人に対して、複数人に荒らしが自分への悪口を書き込んでいた場合は、1回目は書類送検、2回目は不起訴或いは起訴猶予処分に持ち込めます。

 

結論:ほとんどのユーザーは荒らしや嫌がらせに対抗できません。他の手段が要ります。

 

2.ユーザーが嫌がらせに対抗しても、プロバイダーはその反撃を迷惑行為だと捉えることがままあります。

また嫌がらせアカウントをブロックしたり非表示にしても、そのアカウントが晒し行為を行う場合があります。

プロバイダーは善管理注意義務がありますが、実際に行動に移すかどうかは非常に恣意的で、信用に値しません。

つまり、経済的活動の目的で使用しているユーザー以外は有効な法的な手段はありませんから、ネット荒らしや嫌がらせから逃げるという手段しかありません。

 

3.複数アカウントの奨励

A.複数アカウントはアカウント停止などのリスクを軽減するものです。

ネット荒らしや嫌がらせアカウントに当たった場合、一般のユーザーがリスクを回避する手段としては最も有効な手段になります。

しかし、残念ながら、ネット荒らしや嫌がらせアカウント自体にとっても極めて有効で、ほとんどノーリスクで嫌がらせ行為を行うことができてしまいます。極端に言えば、アカウントが停止されてもリスクやコストは全くありません。

B.現実的には、複数アカウントはネット荒らしにこそ有効な手段となっています。複数アカウントなしでは、ネット荒らしは、いかに恣意的なプロバイダーといえど、アカウント停止のリスクを負わなければなりません。アカウント停止のリスクを負わなければならないとなれば、嫌がらせ行為自体に慎重にならざるを得ません。

ですが、複数アカウントを許さないというのは、プロバイダーにとって利益になりません。

①プロバイダーにより強い善管理注意義務が発生する。プロバイダーのアカウントや投稿の監視はより厳密なものにしなければなりません。事実、嫌がらせに反応したアカウントもかなりの数が停止され、もはやそれが前提と言える状況ですが、プロバイダーはユーザーに自身のSNSを使わせないようにすることは違法になります。複数アカウントを禁止する場合、濡れ衣でアカウントを停止してしまわないような管理にコストを支払う必要が出てくるからです。

複数アカウントはプロバイダーにとってSNSを活性化させ、急成長させる非常に良い契機です。

 

4.SNSを使わないという選択肢はほとんどの人にとってない。

日本のネット状況は悲惨です。一般のユーザーはネット荒らしや嫌がらせに対抗する手段がほとんどありません。あらかじめブロックするか、違うアカウントに切り替えるかという回避する手段しかありません。

しかし、現実問題、SNSなしでは世間を生きること、趣味を楽しむことは非常に難しいです。つまり、ご老人や引きこもりを除いて、日本人はSNSなしでは生存が困難です。

 

5.これほどほとんどの人がリスクに晒され、困っているのに、ネット規制はおそらく実現しません。現状のままで推移します。

東京五輪が終わった今、自民党はネット状況を変える意欲がありません。また現状のネット状況に問題を感じない人も一定数います。SNSを使わない人やあまり誠実でない人にとって、逆に非常に利便性があるからです。

 

6.現状が変わらない以上、ユーザーは状況に適応する必要があります。

A.SNSはいくつか種類があり、それぞれ利便性やユーザーの質に違いがあります。

①ブログは最も嫌がらせに対抗できるツールです。長い文章やユーザーの目的に沿った投稿、嫌がらせに対するユーザーの主導的管理、これらは嫌がらせをするユーザーにとって脅威でしかありません。

しかし、ブログは欠点があります。

第一はブログを行うユーザーが非常に少ないことです。ブログを利用するユーザーは学歴ではなく、真の意味で教養や知的水準が高く、何か伝えたい意志ないし目的が必要になります。誰かにとって価値がある投稿を行えなければ、読まれることもないので、続けることもなくなるからです。ほとんどの人はブログを続けることができません。

第二にブログはユーザー同士の相互の情報交換に向いておらず、あくまで発信目的であり、世間的利用には適しません。ほとんどのユーザーにとって、ブログを利用する目的は世間的利用ではありません。

Facebook

 FBは最も安全性が高いSNSで、それは日本において例外的な存在です。極めて高い基準で運用されているため、非違行為は許されず、匿名や複数アカウントは許されません。

それゆえか、日本においては極めてユーザーが少なく、世間的利用に全く適しません。世間は非違行為によって存立する部分もあります。

FBはアッパーミドル以上の名刺であり、それ以上の意味を持ちません。

Instagram

 Instagramは文章以外の何かを発表したい人には有益です。

またメッセージ機能もかなり秀逸です。通知機能や未読スルー可能らしいです。

FBとグループ会社であるため、規制も適正であると見込めます。

広告表示も適正かつ妥当で、非常に使いやすいです。

しかしながら、SNSで経済的利得がある人以外の発信が非常に少ないため、世間的利用には全く適していません。

個人的には、写真+音楽のブログ版で、メッセージ機能ついていますという感じです。

④LINE

 SNSとしての機能は完全匿名サイトで、使い道が全くありません。

メッセージ機能は未読スルーができないので、Instagramより仕事で使えます。つまり事実上、業務連絡用アプリです。

Twitter JAPAN (バカッタージャポン)

Twitter JAPAN はTwitter社から資本関係を切られました。Twitterの商標を使っている別の何かです。ですので、バカッタージャポンとします。

日本のSNS、ネットの問題の元凶はバカッタージャポンに起因するところ大です。

バカッタージャポンは最もユーザー数が多い主要なSNSです。

ネット荒らしは常駐し、嫌がらせは日常茶飯事、執拗な付き纏いはいたるところで目にし、複数アカウントの使用はノーコストノーリスク、ほぼ全員匿名で、プロバイダーの運用は恣意的で、投稿の削除は投票制かAI利用と推測され、嫌がらせ行為はほとんど全て放置、嫌がらせされている側がアカウント停止はザラにあり、おそらく法務部は無能または差別的です。

つまり、バカッタージャポンはユーザー数が多く、世間的利用に適しているだけで、基本的には日本の、世界のSNS史上最もリスクがあるサイトということになります。

一般のユーザーは常に嫌がらせの危険に晒されています。しかしバカッタージャポンは使わざるを得ません。ネット荒らしからすれば、嫌がらせがノーコストノーリスクで、一般のユーザーが防衛機能なしにその辺に多数うろついてるわけですから、こんなに美味しいサイトはありません。

一般のユーザーはバカッタージャポンの利点をうまく利用し、嫌がらせを効果的に回避する必要があります。バカッタージャポンの利点は世間的利用とユーザー数の数です。というかそれだけ。

a.発信するユーザー

何か発信したいなら、他のSNSと連結し、バカッターで発表するが、バカッターではコメントさせない。

ブログやInstagramなどと連結し、バカッターでコメントできないようにすれば、バカッターのユーザーはそちらに誘導され、コメントしたい人はブログやInstagramで行うことになります。

荒らしはブログで嫌がらせするのはリスキーです。僕のようにコメント反映を管理者権限にしている人には、荒らしは嫌がらせコメントが反映されず、一方的に反撃されるリスクがあります。しかも判例では、SNSでの嫌がらせよりもより悪質であるということになってます。

Instagramのアカウント作成はバカッターよりは遥かに厳しいですし、バカッタージャポンより遥かに適正ですから、ネット荒らしは嫌がらせを行うことを躊躇します。

b.世間的利用ユーザー

バカッターのコメント機能を制限すればいいだけです。

c.経済的利得があり、宣伝目的もある人

バカッターのコメントを制限することは難しいでしょう。嫌がらせも十分にあり得ます。しかしながら、経済的損害を立証されれば、嫌がらせに対して法的追及ができます。

 

ポイント1.目的に応じてSNSを複数利用

ポイント2.ビジネス目的以外は、リスクの元凶であるバカッターのコメント制限

ポイント3.リスクの元凶であるバカッターで投稿しない。

これだけです。

要するにバカッタージャポンが主要なリスクを引き起こしているので、バカッタージャポンの使用を極限まで減らせばいいということになります。

このように使用するなら、裏アカウントなど持つ必要はありません。

 

7.ネット上の嫌がらせ行為は確かに名誉毀損に問われることは滅多にないです。しかしながら、実は致命的ダメージ、スティグマを自らに課すことになります。

社会特に大組織に所属したり、係争したりすると自分のデータが記録されます。そのデータの中にSNSの利用が含まれ、匿名の裏アカウントも調べられることがあります。

これらのデータは大組織間で共有してはならないことになってますが、事実上共有されます。例えば、就職や転職や懲戒処分では人材バンクと該当する大組織に、行政府への告発では行政府に、民事裁判では日弁連と相手方に、刑事裁判では法務省に、金融機関との大きな取引では金融機関に記録されます。事実上共有されているのと同じです。

これらの組織は法律をちゃんと理解していますから、法令違反でなければ記録しません。

SNSで削除されないからと言って法令違反でないということではなく、自分が合法だと思ってるから法令違反でないということではありません。法令違反は法令違反です。

特定できないなんてことはありません。正当事由があればプロバイダーはIPアドレスを出さねばならず、公的機関や準公的機関には情報を開示します。該当する組織が当事者からの開示請求が正当事由だと判断すれば、SNSを調べ上げられてしまうわけです。

SNSの匿名は匿名ではない、ということです。

一度共有されたデータは訂正されない限り残ります。そしてそれを利用されます。

就職や転職ができなかったり、出世できなかったり、行政から許可が下りなかったり、ローンが認められなかったり、裁判で証言証拠能力に疑義を出されたり、警察から嫌がらせされたりします。

全く本人の預かり知らぬところで。

本人が預かり知らぬところなので、なかなか訂正する機会はありません。

確かに、ネット上の嫌がらせを法律に問うのは難しいです。ネット荒らしが野放図だと評価できます。しかしネット荒らしが全くコストがないわけではありません。彼らは自ら二等市民に成り下がっているわけです。

 

8.ネット規制ができないとあっては、日本は先進国と逆にネットの非現実化に舵を切ったということになります。

日本のSNSは嫌がらせと陰謀論が跋扈し、皆が皆裏アカウントを持ち、全く信用におけなくなるということです。

しかし、にも関わらず、人はSNSを利用する必要がありますから、多くの人は自ら或いは他者の評判を気にするでしょう。日本人は世間存在です。

ならば、日本社会は先進国とは逆にネットを非現実化し、現実と切り離さなくてはなりません。

最も現実に影響するのは経済的損害で、それは世間的評判に担を発し、世間的評判のほとんど全ては全く信用のおけない、匿名の執拗な嫌がらせ行為が原因とらなるでしょう。

従いまして、日本のネット規制はネットから、飲食店、商店、病院や開業医、芸能関係者、芸能事務所の経済的利益を守るようにするべきです。

従いまして、僕は業務妨害の適用範囲を拡げ、過去に嫌がらせを行った者が口コミサイトを含むネットで低評価を行った場合、業務妨害に問えるようにするべきだと提言します。

 

 

 

 

(法律)ネット上の嫌がらせの補足

法曹の方へ。

 

「嫌がらせアカウントが謝罪したら終わりじゃねーか?」と思われ方。

心配いりません。彼らのほとんどは謝罪しませんし、投稿を削除したりしません。

僕の経験則では、1/10くらいしか謝罪しません。それも嫌がらせに耐え、粘り強く説明して、です。

サラッと内容証明的な文書送るくらいなら、ほぼ確実に行動の変化はありません。逆に半分以上の確率でエスカレートします。

 

ネット荒らしの基本的な行動原理

これでも彼らは学んではいるんです。アカウントが停止されないように気を遣っているつもりのようですし、危険な相手だと判断したらブロックして、障らないようにしようとしています。

おそらく、何度となく、投稿を削除されたり、アカウントを停止されたり、仲間が名誉毀損で訴えられたり、そういうようなニュースが増えてきているので、彼らなりに注意しているのでしょう。

私は大椿さんが嫌がらせ受けていたので、彼らの注意を私に向けさせ、あわよくばネット規制法の対象にしようと、彼らを挑発しましたが、乗ってきませんでした。彼らはその場ではめちゃくちゃ言ってましたが、実際は私をブロックしただけです。ブロックした後、私に対して不法行為をしているのか確認しましたが、気配すらありませんでした。

彼らは愚かなり進化しています。彼らにとって自分たちが嫌がらせだと思う行動は慎んでいるんでしょう。実際は嫌がらせなんですが。

 

ネット荒らしのほとんどは自分の行動が嫌がらせとか荒らしとか他人に迷惑かけているとか全く思っていません。

彼らにとって、批判は正義であり、批判される対象が悪く、であるからして、どのような批判も嫌がらせや迷惑行為ではなく、他人の了解は要らないということです。

ですので、極端に言えば、彼らに彼らの行動がおかしいと指摘すれば、彼らはそれを嫌がらせととります。

彼らは、自身たちの批判は絶対善で、彼らに対する批判は絶対悪であり、彼らの言説は法に適い、彼らを批判する言説は反体制で違法であると信じています。

そこに、客観とか相対化とか他者を慮るとか容認とかの概念はありません。

彼らと少しでもやりとりすれば、彼らに社会性を感じず、通魔的犯罪を犯す連中の99%がネット荒らしだということが肌身で感じられてしまう筈です。残念ながら。

警察がネット規制に入れ込む理由はこれでよくわかるでしょう。体制は通魔的犯罪の抑止効果を狙っているんです。

 

ネット荒らしにはネット荒らしをする正当化根拠が必要です。単に誰かに嫌がらせしたいだけの自覚的な荒らしは非常に少ないです。

正当化根拠は陰謀論でも右翼でも左翼でもツィフェミでもなんでも構いません。最も間口が広いのは明らかにネトウヨです。

体制側にとってネトウヨは都合のいい媒体です。あまり政治意識がない人を無関心にさせることができ、体制に迎合的でない人を萎縮させることができます。にも関わらず、ネトウヨが大半のネット荒らしを監視したいんです。これはのっぴきならない状況だと認識しているからでしょう。

 

ですので、彼らと対峙しても、彼らが懲りるなんてことはあり得ません。たとえ彼らが一時的に謝罪しても、それらの行動を完全にやめることを彼らは選択できません。

彼らにとってネット荒らしは自らの自尊心を守る、唯一で最後の術です。彼らはそれを失えば、発狂して、重犯罪を犯しかねない精神状態になるでしょう。彼らはいくところまでいかなければとまりません。

他の心の拠る術を見つければ別ですが。 

 

彼らを救おうとか思ってはだめです。彼らを救うことはできません。案外、ネットなしの刑務所とか精神病院で、生の人と付き合う方が幸せな連中です。

ですので、同情せずに潰してあげるのが彼らの幸福です。

彼らが自己破壊的な理由はまさにこれでもあります。彼らは誰かに止めて欲しいんです。そして、内心では非常によくわかってます。自分たちが止まるのは破滅した時だと。

ですので、遠慮なく潰してあげてください。

その方が彼らに再起の可能性はまだしもあります。

 

彼らの個人的な事情は知りませんが、悲惨な人生だったことは察することができます。私自身、彼らのところまで堕ちてもおかしくありませんでした。

彼らは本心では誰かに救って欲しいと思ってます。しかしながら、誰かに救われるという事実が彼らの尊厳を破壊するので、彼らは完全に救いや助けを拒絶します。彼らは少なくとも自身が誰よりもまともで強いと信じたいのです。そうでも思わなければやっていけない人生なんでしょう。

だから、彼らはその証明のためにも荒らしをするわけです。自分がこんなにも正しいことをしてる!相手が何にも言えないくらい偉いことをした!てね。

私も彼らの自己分析に賛同します。彼らが自分を見つめ直せるようになるのは、破滅した時です。

ですので、同情はいりません。破滅させてあげましょう。

 

考えてみてください。正義と称して、見知らぬ誰かに付き纏い、嫌がらせをするのが唯一の心の拠り所という悲惨な人生を。破滅したところで大きな変化はありません。

現状の彼らの人生より、刑務所で暮らした方がまだしも幸せである可能性があります。

彼らがいくとこまでいく、即ち破滅を味わえば、彼ら自身が行き方を変える可能性は非常に大きくなります。

ですので、同情はいりません。

同情するなら、むしろ、心を鬼にするべきでしょう。

(法律)ネット規制下のネット上の嫌がらせの対処法

以下はネット規制法案がそのまま立法化された場合です。残念ながら、見込みはかなり薄くなりました。

ネット規制がない先進国は日本だけで、いずれアメリカの著名人が「私を荒らしてんのは中国人だから笑」というように「私を荒らしてんのは日本人だから笑。気にする必要ないよ」と使うようになるでしょう。

 

基本原則×悪質性−例外事例=不法行為

1.基本原則

A.人には人格権があります。簡潔に言えば、守られるべき尊厳というものがあるわけです。

尊厳が守られないケースというのは、ネット上では、ほぼ全て嫌がらせを受けた時です。

では、嫌がらせとはどのような場合を指すのか?具体的にどういうことなのか?簡潔に説明します。

ネット上の嫌がらせとは、特定個人に対し、断りなくマイナス評価をすることです。

文言でも文脈でもマイナス評価をすれば嫌がらせになります。

後述する例外を除いて、マイナス評価は全てだめです。

批判や揶揄や(主観的な)正当評価、真実の有無は例外になりません。正しい正しくないはありません。嫌がらせは嫌がらせです。

マイナス評価は全てだめ。

と覚えて下さい。

嫌がらせには、相手が答えられないような質問や、答えようがない質問をすることも含まれるます。

つまり、議論を吹っかけようとする行為自体が嫌がらせです。

この嫌がらせには、嫌がらせにあたる投稿にいいねやリツイートなど肯定評価を与えることも含まれます。

またたとえ個人を特定していなくとも、時系列や文脈上、類推可能性が高い場合も、嫌がらせと判定される場合があります。

 

B.経済的損害の有無

ある人に嫌がらせをして、それが直接的な引き金になり、経済的損害が生まれた場合、加害者はその経済的損害を補償する必要があります。

経済的損害がない場合は人格権を侵害したというだけなので、慰謝料止まりです。

経済的損害を与えた場合は慰謝料+損害の補償です。

つまりダメージを与えれば与えるほど、額が高くなります。

 

2.例外事例

A.対象が匿名である場合。

この場合の匿名とは、過去投稿がほとんどないなど、個人を想定できない場合を言います。

完全匿名には人格を想定できませんし、社会的、経済的な地位も考慮できません。従って、人格権侵害も経済的損害も想定できません。

注)逆に、嫌がらせしている側が特定個人だろうと匿名だろうと、関係なく不法行為になります。但し、特定個人の嫌がらせの方が匿名の嫌がらせより損害賠償額が大きく出ます。匿名の方が社会的影響力が少ないとされているからです。

 

B.注意義務違反

ネット上ではありませんが、例えば治安が悪いところに出向いたとします。多少の嫌がらせは想定できるでしょう。業務でなければ、そのような場を回避することができた筈です。

つまり、そのような場合、多少の嫌がらせは自己責任となります。

これが注意義務違反です。

ネット上で、荒らしに絡んだ場合、多少の嫌がらせは想定できます。

ネット上で、自ら荒らしに絡んだ場合は、多少の嫌がらせは甘受しなければなりません。

これは誰かへの嫌がらせを止めようと、嫌がらせをしている荒らしに接近した場合でも同様です。

但し、荒らしの自分への嫌がらせが悪質であったり、その場限りではなく、また執拗性がある場合などの悪質な場合は、その荒らしを不法行為に問えます。

当然ですが、犯罪でない限り、他者への不法行為を訴求することはできません。

 

C.危険回避義務違反

自身が誰かに嫌がらせをしていた場合、その場ではどんな嫌がらせも甘受しなくてはなりません。

この場合、グレードがあります。

嫌がらせ対象者でない人からの反応はほとんど引き受ける義務があります。

嫌がらせ対象者である人からの反応は全て引き受ける義務があります。

但し、嫌がらせしている側も嫌がらせされている側も第三者も、その場限りのことで、それ以上のことは許されません。

基本的には、他者に嫌がらせしている場合、その場では危険回避義務を怠っているとされ、人間サンドバッグになるということになります。

 

D.批判対象がパブリックフィギュアである場合

パブリックフィギュアとして在職中の実際あった事績を批判する場合は例外になります。

人格を攻撃、真実でないことで追及、一般市民であった当時の出来事を批判

これらは例外になりません。

但し、グレードがあり、三権の長都知事クラスは人格を攻撃しても、一般市民であった出来事を批判しても、真実でないことで追及しても、許されます。

例えば、安倍元首相をめちゃくちゃ言っても許されますが、福島瑞穂さんに対しては人格権侵害までは許されていないということです。村山富市元首相も何言われても仕方ありません。

 

E.互いの了解がある場合

互いに了解の範囲内ならば許されます。但し、刑事罰に触れるようなことまでは許されません。

例えば、ある特定の出来事について議論するとお互いに了解をとったとします。

その出来事に限り、議論は許されます。

但し、相手の人格権を侵害することまでは許されませんから、質問の強要や答えられない質問をすること、出来事とは関係ないこと、相手の属性に対する批判は嫌がらせとなります。

 

F.親密圏内

家族、恋人、親友、友人、知り合いは冗談を言い合いますし、お互いに助言し合いますし、批判することもあります。

つまり、心的な距離が近ければ近いほど、例外が増えます。

これらは心的な距離です。

家族でいながら疎遠な場合や恋人より親友を優先する場合など、個人差はあるでしょう。

距離感間違えたら、謝りましょうね。

つーか、すいません、よく間違えます。

 

3.悪質性のパターン

A.嫌がらせしている側が複数(副アカウント、捨てアカウント含む)

人格へのダメージは多数であればあるほど増えます。即ち、嫌がらせしている人が複数いれば悪質性が付与されます。

副アカウント、捨てアカウントは外から見れば判別できず、複数人ということになります。ので、副アカウント、捨てアカウントだから複数人ではないというのは言い訳にすらなりません。

副アカウントや捨てアカウントで嫌がらせすることは悪質性があります。

但し、副アカウントだから、賠償額ダブルだ!ということではありません。

他に嫌がらせしているユーザーがいる場合は、コメントやいいねやリツイートを控えましょう。

 

B.嫌がらせされている側が拒絶の意思を明確にしている場合。

「やめてください」と嫌がらせされている側が明確にしているにも関わらず、同様のことを繰り返せば、嫌がらせしている側はそれが嫌がらせであると理解しながらやっているということになります。

つまり、非常に悪質であると評価されます。

更に、「やめてください」という言葉の代わりに内容証明的な文章であった場合、極付きの悪質性を付与されます。

「お前、法律守る気ないだろ?」となるからです。

注)しかし、内容証明的文章での警告において、例外事例のどれかに当てはまり、嫌がらせにならないなど、失当である場合は無視可能です。

また、失当であることが客観的に明確である場合、強要していると主張できます。しかし、失当であるという自身のその主張が客観的でない場合は、その主張が逆に強要していると主張されてしまいます。

基本的には、内容証明的文章の告知は慣れている人でなければしない方がいいでしょう。

 

C.相手が反論不能な状況を設定しながら、嫌がらせを行う行為

例えば、対象をブロックした場合、対象は反論できません。対象が反論できないにも関わらず、対象に嫌がらせを行えば、悪質性を付与されます。

相手が反論できる余地を与えなければ、悪質であると評価されます。

 

 D.執拗な嫌がらせ

嫌がらせされている側に対し、その場だけでなく、他の投稿に複数嫌がらせをすれば、悪質性を付与されます。

「俺をブロックすればいいだろ?」というのは言い訳になりません。

というのも、その発言自体が嫌がらせであるので、その発言がある時点で、嫌がらせしている側はブロックされてないにも関わらず複数回の嫌がらせを既にしているからです。

もしその発言が真正なら、ブロックされていようがいまいが、複数回の嫌がらせは行わないことになります。

確かに、嫌がらせされている側が嫌がらせアカウントをブロックしないことは多少の注意義務違反でしょう。しかし、現実的には、ブロックするしないは任意でしかありません。

 

E.ブロックされているにも関わらず、違うアカウントで嫌がらせ。

これは、AとBに当たります。

 

4.嫌がらせだと怒られた場合の基本的な対処法

経済的損害以外は人格権侵害です。人格権侵害とは尊厳を傷つける行為です。誰かを意図的或いは無自覚に嫌な気分にさせてしまったら、どうすべきか、18歳以上の人間は全員知っています。

極めて簡単です。

謝罪文を定型文で明確に公表し、該当する投稿を削除しましょう。

これで相手が納得しようがしまいが、嫌がらせは許さなければならないことになります。

謝罪の内容は自身の悪質性に応じて変わります。

人格権侵害はたかたが人格権を侵害しただけとも言えるので、過ちを認めて、謝ればいいということです。

しかし、経済的損害がある場合は別途、賠償しなくてはなりません。

注1)自分で削除するのがポイントですから、例えばプロバイダーなどに削除されてしまった場合は、被害者が許してくれるまで、平謝りしましょう。

注2)謝罪したにも関わらず、再度似たようなことをすれば、非常に悪質性が高いとされる上、被害者は謝罪を受け容れなくてもよくなります。謝罪したら、以降嫌がらせは絶対にやめましょう。

 

5.将来的に立法施行されるネット規制法の解説

現在のネット規制法案は

総務省で委員会が審判(当事者両名お呼び出し)

ネット規制該当とされれば、実名、年齢、専門職である場合は職業、行状が総務省のページから全国に公開。

③公開データは誰でも閲覧可能で、いついかなる場合に使用されるか分かりません。

④そのデータは公官庁に共有されます。

⑤事実上、金融機関や人材バンクにも共有されてしまいます。

⑥司法では、証言や証拠能力に信憑性がないとされるようになるので、あらゆる裁判で極めて不利になります。

⑦専門職としては、責任に耐えないと見做される可能性が極めて高いです。

⑧大企業に就職するのは極めて難しく、出世はほぼ不可能になります。

⑨銀行はローンを組んでくれません。

⑩遡及期間は2年間になる見込みです。

 

以上のように、ネット規制は単に不法行為より極めて社会的、経済的影響力が甚大になります。

ので、心あたりがある場合は施行される前に投稿を削除し、できることなら謝罪しましょう。また総務省から通達が来たら、必ず審判に赴き、できることなら弁護士または司法書士を伴いましょう。

逆にネット規制法が成立した場合、これを使いたいと思われる人は、弁護士や総務省に指定された司法書士を雇いましょう。

 

ネット規制法の欠点は、マイナンバーカードに情報を一元化する(名目)であることと、資産家で以後品行方正にしてるなら、ほぼ影響がないことです。

一部、自民党の議員が反対していますが、彼らは資産家であり、品行方正にしていなければならない職業ですから、なんで焦ってんのかちょっと謎です。

ネット規制法には、通魔的事件を起こす予備軍の抑止とネットのマーケット化が目的になっており、即ちいつか確実に成立します。

しかしながら、この案が多少変わる可能性はあります。

 

6.ネット規制法案以外の被害者の救済

①弁護士を雇います。

日弁連弁護士会照会制度或いはプロバイダー責任制限法を用いて、プロバイダーにIPアドレスを開示或いは保存させます。

弁護士会照会制度で、加害者を特定します。下請けは探偵事務所で、ほぼ確実に特定されます。確かに、たまに同姓同名の別人とかありますけど。

④加害者を民事裁判にかけます。

 

弁護士費用がかかりますし、弁護士からすると金にならない上に実務が非常に面倒臭いので、やりたがりません。

逆に自身が弁護士だったり、金に糸目つけなかったり、経済的損害がある場合はやる意義があります。

刑事犯罪の名誉毀損罪になるケースは面倒な調べごとは警察がやるので、民事での裁判はあまり金がかかりません。ですが、それは人が死んだとか、破産しそうとか、相当酷いケースです。

 

7.プロバイダーの法的責任

建前では、企業は社会的責任があり、プロバイダーには善管理注意義務があるので、不法行為にあたるユーザーの行動には対処する義務が理論的にはあります。

しかしながら、日本では企業の社会的責任をあまり認めていません。ですので、プロバイダーはコストだけを考えればいいというのが現状です。例えば、管理コストを極限にまで減らすために、コメントの削除やアカウントの停止を投票制にしたり、AIに任せたりしています。名目的には、法務部がやってることになってますけどね。

当然ながら、AIは文脈を追えませんし、投票制にしたら荒らされている被害者が圧倒的に不利です。例えば、ある有名人が荒らしたちに反論したら、逆にアカウント停止になったというのは、プロバイダーが投票制にしていたり、AIが文脈を追えないのが原因です。

裁判所の理屈は、市場は競争原理なんだから、だめなサービスは淘汰されるというものです。しかし実際のところ、FacebookTwitter、インスタグラムが淘汰されるでしょうか?市場をほぼ独占的に支配している以上、ほぼ痛手がありません。ユーザーはこれらのSNSを使用せざるを得ません。

SNS側の言い分は、「ただで使わせやってんだから私的自治権の問題だ」ということと「日本では不法行為に対して訴求する手続きがないんだから、我々が何かしてはいけない」というものです。前者はさんざ広告費で儲けているにも関わらず、後者はさんざ恣意的な投稿削除やアカウント停止をしているにも関わらずです。

特に悪名高いのはTwitter JAPAN とされています。Twitter は自身の商標権をTwitter JAPAN にリースしました。本来、商標権を貸された側は商標権を持つ側の意図したように商標権を使う必要があります。しかし日本では、金さえ払えばそれでいいという判例と法運用で、Twitter JAPAN はTwitter 側の意図を無視し、恣意的なユーザー抑制をしています。Twitter はアカウント停止や投稿削除を投票制にし、左派的なアカウントを迫害していました。そして、その名目が上記のものです。Twitterの株主は怒り、TwitterTwitter JAPAN での株主総会で役員の更迭を求めるように要請し、結果、Twitter JAPAN は何度も役員が交代しています。

現在、Twitter JAPAN はTwitterから資本を全て引き上げられ、全く別会社となりました。Twitter JAPAN に起因する問題は例外なくTwitter JAPAN がひきうけなくてはならず、Twitter JAPAN はTwitterのブランド価値や信用度と全く無関係です。

このような状態ですから、ユーザーは悪質なユーザーをブロックする以外の手段を持ち合わせていません。反論した場合、最悪自身がアカウント停止になるからです。

 

8.ネット荒らしが嫌がらせをしてはいけない人

嫌がらせをする側の天敵は法律を使う人です。つまり、お金に余裕があったり、実際に法律を使える人です。

特に最も嫌がらせをする側にとって危険なのは、どちらも持ち合わせており、かつ時間に余裕があり、見せしめ効果を期待する人です。

危険なのは法曹です。自分で事務をやれば金がかかりませんし、どれが法に抵触すればいいか自分で判断できるからです。

次に資産家です。資産家はかなりの不労所得が見込めるので、弁護士を雇えるうえ、時間がある人はかなり時間があります。しかも大抵の場合、人間の尊厳というものに敏感な人が多いので、自分だけでなく、赤の他人への嫌がらせにも看過しない人が結構います。

どちらかまたは両方の属性を持つ人に対しては、特に嫌がらせをやめましょう。

 

しかし、もし意図的或いは無自覚に嫌がらせをして、怒られたり、法的通知をされた場合は、経済的損害賠償でない場合、

定型文を書いて謝罪し、該当する投稿を削除しましょう。