merlinrivermouth’s diary

酒にむかいて当に歌うべし。人生、幾ばくぞ。喩うるなら朝露の如く。去りし日ははなはだ多し。

モテない男は何故モテないのか?

DavitRaceさんの「道徳と恋愛は相性が悪い」に敬意を込めて。

 

世に言う恋愛関係における相性や感覚は具体的ではないが、確かに存在する。

また、世に言う価値観の違いは抽象的だけれども、客観的には歴然とある。しかし当事者はなかなか知覚し得ない。

更に階層性の論点がある。これはモテるモテない関係なく、ほとんどの人はイメージがつくだろう。

ズバリ言おう。よっぽど見た目がアレとか、自身の属性や個性を偽ってるとかない限り、モテない原因はパートナーとしたい対象を間違えているからだ。それを説明しよう。

 

まず私を例に出す。

私はフェミニストである。同時にリベラルであって、資産家であり、ボンボンであり、知的水準が高く、野心的である。これは欧米のアッパーミドル男性としては平均的であるが、「現在」の日本の男性としては極少派である。とはいえ、フェミニストぽい、リベラルぽい、知的水準が高いボンボンは昔はそこそこいたし、地方には多少残っている。

そのような属性の人たちはそれこそ数百年間似たような属性や傾向や個性がある相手と婚姻してきた。即ち、ひたむきなお嬢さまタイプである。

お嬢様タイプには二種類いる。一般的にイメージされるような、深窓令嬢や健気に仕事をしている専門職と特権的地位を鼻にかける利己的で自己中心的なタイプである。

しかし、ひたむきなお嬢さまタイプはボンボンであれば誰でも良いか?と言えば、それは違う。純粋な気持ちを持たないボンボン、弱者に労りのないボンボンはアウトである。

彼女たちの相手に求める理想的な資質は、ボンボンで、愛情深く、困っている人や無常な自然や環境の犠牲者(動物含む)を慈しむ優しさがあり、誠実で、知的水準が高く、できれば社会貢献を考えている人である。今やそういうボンボンは都市部にはほとんど全くいない。

では、私はすげーモテるのか?と言われれば、そうではない。ひたむきなお嬢さまタイプ以外にはかなり評価が低い。

例えば、お付き合いでキャバクラとかクラブとかガールズバーとか行けば、よく言えば私は童貞扱い、悪くすれば偽善者として扱われる。別にそういう場所でなくとも、お嬢さまタイプの属性がない女性の私への男性としての評価は芳しくない。かなり警戒される。つまり相対的には、私はそこまでモテない。頑張っても、多少話しやすい奴程度である。

逆に、私が絶対に嫌がる女性のタイプは、ステレオタイプで偏見全開で自慢ばっかする女性である。概ね、利己的なお嬢様タイプのような、社会的地位が高い女性はこのような傾向がある。お互いに興味の範疇外であるので、嬉しい限りである。鑑みれば、典型的なお嬢さまが嫌がるタイプも、ステレオタイプで偏見全開で自慢屋である。

つまり、ここにおいて、相性や感覚や価値観や階層性が共通しているのである。あとは属性や個性に嘘ついてないとか、見た目の好みの問題、共通の趣味、タイミングだけである。

 

昨今のボンボンタイプは、社会的地位が高く、利己的で、人道的でないタイプである。このようなタイプの男性が理想としている女性は第一が見た目がよく、自分の意見に付き従ってくれる女性で、二番目が階層性である。

確かに、表面的にはひたむきなお嬢さまタイプに似ているし、そういう男性は誤魔化しが上手いし、女性は妥協したり我慢したりしてしまうし、実家からの圧力もあるから、不幸な結婚を迎えることが非常に多い。実際はひたむきなお嬢様タイプは付き従うタイプではない。

ひたむきなお嬢様タイプは確かに礼儀正しい。だが、ひたむきなお嬢様がお嬢様と言われる所以、青臭いボンボンがボンボンと言われる所以は数百年以上の歴史にある。武士は人生そのものが仕事であり、生き方、生き様こそが人の価値を決めると信じていた。つまり旧家としての伝統が残っているボンボンは青臭いのである。江戸時代、旧家のご息女の求められていた役割は良妻賢母であるが、「母」の対象は家庭の子供だけではなく、封建制度枠内における下人も対象で、即ち良き経営者としての精神性も求められた。旧家の伝統が残存しているお嬢様ほど、愛情深く、主体性があり、正義感が強い。

さらに両家の永続的で信頼性が高い関係の証明としての婚姻を求められているから、結婚相手となる男性とは精神的には対等なのである。男性も女性も、誠実かつ愛情深く、互いの将来や家族のことを相談しながら、一生を添い遂げる「義務」があるのだ。それを怠れば、お互いの信頼関係だけでなく、親族間の信頼関係も崩れ、同盟が守られず、まっとうな大人として扱われない。

そういう教育を多少なりともほどこされているから、良きボンボンはより青臭く、良きお嬢はよりひたむきになる。

実際に、地方では、名望家つまり地方エリートは地方エリート同士で数百年以上婚姻を続け、失敗がほとんどなかった。

で、ある以上、昨今のボンボンタイプはひたむきお嬢様タイプからパートナーを選ぶのは、やはり対象を間違えているわけである。

私はそういうボンボンと違うボンボンなので、推測でしか考えられないが、おそらくそういう利己的なボンボンに向いている相手は、やはり社会的地位が高く、利己的で、人道的でない女性だろう。つまり利己的なお嬢様タイプである。お互いに愛人を持っても文句はないだろうし、家族の価値観にズレはなく、資産の維持や投資を相談できる。

または男性依存傾向が強い女子である。この場合は第二の条件を諦めることになるが、少なくとも男性は好き勝手できる。但し、そのような女性は概ね若いので、大人の女性に成長して考え方が変わる可能性がある。

 

これらの問題は青臭いボンボンは稀有な希少価値があり、ほとんど全てのボンボンは利己的で、しかしお嬢様はひたむき、利己的が半々というところだ。数が合わない。

とはいえ資産家のご両親には強く推奨したいが、もし子女の幸福を考えるならば、離婚しないだけで実質家庭崩壊しているような関係を選ばせるくらいなら、仙台の不動産屋のサラリーマンの方がいいということだ。何故なら、合わない婚姻は青臭いボンボン、ひたむきなお嬢様が一方的に苦労し、悲惨になるだけだからである。どうせ実家に金あるんだから、いいじゃねーか。

無理矢理、利己的ボンボンと結婚させても、大なり小なり小川キャスターのような目に遭う。

 

ここまでは、あくまで、対象を間違えたら、好かれる人もアプローチしようがないという例である。富裕層の話など、ぶっちゃけ興味ないでしょう。

中間層以下はもう少し違う属性で判断する必要がある。

日本ではアッパーミドルとミッドミドルの違いに歴然としたものがある。これからはより露骨に違うだろう。

 

この場合のアッパーミドルとは総合職とIT技術者(プログラマー。SEは含めない)、医師以外の専門職、法曹、成功しているクリエイター、研究職、地方公務員を指す。アッパーミドルの男性は職種や専門、勤務する企業の文化によって、大きく性格が変わる。女性はそれに加えて、キャリアが最優先事項で、ミソジミーの男性は論外である。キャリアを棒に振りかねない。次に両者とも仕事の話ができる人間がいい。できれば自身のキャリアに影響するようなパートナーがベストである。またできれば、パートナーには家庭の面倒を見れる時間的余裕が欲しい。

日本ではミソジミーな企業文化がある大企業は多い。男性のサラリーマンは企業文化に馴染まなければならないため、ミソジミー的になる。当然ながら、そのような属性の男性とアッパーミドル女性とでは非常に相性が悪いことが多くなる。ので、アッパーミドル女性は他から男性を探すことが多くなる。

最も最有力なのは研究職である。研究の専門によってはアッパーミドル女性のキャリアに良い影響があり、ミソジミーである確率は低く、家庭の面倒を見れる時間的余裕がある。

逆に官僚とかになると、官僚同士が多い。これは当然、キャリアに最大限に影響を与えるためだ。早稲田卒なのに審議官になれた山田氏はおそらく婚姻を利用して、仕事に良い影響を与えることができた。お互いに情報提供して、仕事を手伝ってもらったのだろう。

ここまで来れば、男性諸氏は気付いただろう。アッパーミドルの女性にモテるモテないの決め手は、実質、仕事ができるか?ミソジミーでないか?だけなのである。

ところが、アッパーミドル女性はバカじゃないし、職場の関係で物凄い苦労を強いられているから、非常に警戒心が強い。つまり、嘘のミソジミーじゃないアピールとかリベラルアピールとか、意味ないのである。例え、フェミニストでリベラルであるのが真実であっても、彼女たちからして疑わしい何かが少しでもあれば、それで終わりなのである。

しかも、男性の似非フェミニストや似非リベラルは、私からしても、一見してバレバレである。気付いてないのは本人だけだろう。ちょっといけてる顔写真からして良くない。モテますアピールがもうミソジミー感を醸し出している。自己紹介文で自虐ネタがない。男性を卑下している男性フェミニストが、なんで自身を卑下するセリフの一つもないねん。そもそも日本で男性のリベラルとかフェミニストとか、人生の苦労性全開である。リアル充感しかないあなたたちのプロフィールでそんなアピールしても嘘バレバレです。

下手に嘘ついて、同僚を狙っても、無駄な時間と努力使うだけなので、素直に自分を出して、OLとかにターゲットを絞るべきだろう。

つまり、アッパーミドルの女性は真剣にコミュニケーションをとって、慎重に相手を選ぶ必要があり、実際にそうしている。

このように、富裕層とは生活感が違うだけに、より具体的でリアルな属性や価値観が決め手になる。

 

例えば、ここでミソジミーのアッパーミドル男性が美人だからとアッパーミドルのとある女性にアプローチしたとする。

運良く成功し、やりとりが始まったとして、ミソジミーだとわかった時点で終了である。

自身をフェミニストとかリベラルとか嘘ついて、アピールしても同じことだ。すぐにバレる。

「万が一の可能性が、、、」

?違法行為しない限り可能性はない。

彼女たちの問題はむしろあまりに高すぎる警戒心が、アッパーミドル以上の属性があり、真にリベラルでフェミニストの男性をも弾いてしまう可能性があることだ。だが、女性にとっての結婚は男性よりも遥かに人生を左右する。警戒心が強ければ強いほどいい。だから、それくらいの事故は問題じゃないだろう。

ミソジミーのアッパーミドル男性はむしろ金目狙いの女性の方がウケがいい。

金目狙いの女性は①資産②トーク③見た目で、男性の魅力を判断する。仕事の能力まで見抜くような女性はアッパーミドル男性には縁がないので、考えなくていい。

そのような女性もミソジミーである。男性依存型と言うべきか。であるから、気を遣わない方がかえっていい。「俺の女だ」くらいのアピールの方が喜ばれる。そして、ミソジミーのアッパーミドル男性はどうせキャバクラとかクラブとか飲み歩いているのだから、それが素であり、得意な筈だ。

だから、あんまり真面目じゃない、遊び歩いているOLとかが狙い目になる。

ひたむきお嬢様タイプとか同僚の女性を狙っても無意味である。時間と労力の無駄。

 

まとめ

男性は概ね自己の属性を客観的に見れていない場合が多い。また仕事中心の男性ほど、表面的な事象に捉われやすい。

モテないとは、相対的な数を意味するのではないだろう。自分が好みの女性からモテないことを意味する筈だ。

女性の魅力を一元化できないのと同様に、男性の魅力も一元化できない。ある女性にモテても、違う女性には好意を得られないことはままある。

確かに、女性と対等に接して、愛情表現が多彩で、誠実で、優しい男性の方が応用は効きやすい。だが、そうではない男性がそうなろうとしてももはや遅い。そのようなものは生き方の問題だ。

例えば、リベラルな生き方を選んでいる男性が、理由もなく、自分より弱い存在を悪様に罵ることはないし、フェミニストの男性がパートナーから出された料理を片付けないことはない。

そのような属性の男性はたとえパートナーより有能で、社会的地位が高くとも、常に対等に接しようとする。それは必要に迫られているからではない。そうしなければならないと自分に課しているからだ。

当然、コミニュケーションにおいても、親密な存在にいたずらして喜ぶことができるし、尊厳が奪われるような時と場ではやらないし、たとえそうだった場合には大いに謝罪する。

生き方として馴染んでいるのだからこそ、それができる。

逆にそのような男性が公の前でパートナーの女性に対し、「俺の女だ」というアピールはできない。そういうものを求める女性とは縁がないということだ。

単に女性に好かれたいからだけでは、自分と違う生き様を真似ることはできない。

また、コミュニケーション能力を過剰に評価しても意味がない。付け焼き刃はどこかの段階で必ず綻びが生まれる。どのような女性であれ、嘘は嫌がる。恋愛や結婚にあまり嘘の入る余地は少なく、24時間演技はできない。だから、素直に地金で勝負した方が好印象だろう。

故に、地金で勝負できる属性を持ったパートナーを選んだ方がどちらにとっても、時間と労力の無駄がなく、何よりより幸福である。

そのためには、自分の属性についてよく考えてみるべきだ。その上で、属性と相性が悪い「○○さんとお付き合いしたい」と考えるならば、それ相応の覚悟持って、努力すべきだろう。