ネット民は情報通であることを誇りにし、ネットをあまり利用しない、リアルにより重きを置く人々を見下す。しかし、彼らの情報源であるネットの情報源はリアルである。なんという皮肉であるか。
ネット民は無益で、自己満足にしか過ぎす、周りに疎まれるだけの論破が大好きである。実際のところ、論破していると思っているのはネット民だけで、当事者もその他も相手にしていないだけである。
論破にこだわるネット民は論破対象の文章を読まないし、論破対象の文章が論じている状況を類推しない。ネット民が欲しているのは論破であって、前向きな議論や啓蒙ではない。ネット民が議論する相手の文章をちゃんと読んだり、類推をするわけがない。
ネット民はわざわざ出向いて、迷惑行為を働き、「論破した」と喜ぶ。非違行為を指摘されれば、「わざわざ親切に教えてやったのに」と意味不明な言葉を吐く。誰も頼んでないし、助けにもなっていないというのに。キモいだけである。
ネット民は匿名しかいない。実名を名乗る人は稀だ。誰かに突っかかる時、彼らは匿名を用いる。背後から人を殴るような行いが好きなのか?それともよっぽどビビりなのか?信用できない匿名を使う人を誰が信用するというのか?
ネット民の傲慢さはネット上でしか通用しない。外に向かえば、非モテ系の嫌われ者で、階層問わず蔑みの対象だ。ネット民は外ではネット民的性格を隠そうとするが、その傲慢さ、礼儀や誠実さのかけらもない言動や他者の尊厳を踏み躙る態度、ご都合主義の無謬性が滲み出てしまう。
何故、ネット民は論破なるものにこだわるのだろうか?
前向きな人間関係や知識や理論や経験を共有するという気持ちがないのだろうか?
そんなに自分が偉くなくてはならないのだろうか?
それとも、彼らの「リアル」はそれだけ精神を擦り減らすものなのだろうか?
だとすれば、ネット民の言動や態度自体が自身のリアル生活にブーメランになっているのだろう。ネット民が幸せになりたいなら、匿名で書き込みとかやめるべきだろう。
私としては、論破というネット民の八つ当たりなんて迷惑なだけだから、やめてもらいたいところだ。少なくとも私に絡んできたネット民が私に対してやめないなら、ネット規制法を使い、強制的に止めさせる。
余談①
僕が幼児だった頃、実家が武家の出なので、異様に喧嘩の作法を教えられました。今から思うとヤンキーと大差ない苦笑。
タイマンで喧嘩をする時は正々堂々、「やーやー、近からん者は目にもの見よ。遠からんものは音にも聞け。我こそは、、、」みたいに名乗りあげたいです。
自信の証明、正当性の証明、度量の証明、勇気の証明ですから。
ネットの、匿名が、見ず知らずの人間に、一方的に絡む、小さい心が僕には分からない。やってることがモスキートと大差ない。
余談②
蒙古襲来の時、大将が名乗りあげるだけでなく、すげーたくさんいる武将も名乗りあげました。
確かに僕が蒙古でも、
「うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ。
みんなで口上、さすがにうっせぇわ」
と思って、爆雷投げます。