merlinrivermouth’s diary

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(短編小説)いいこ

僕は長く険しい闘病の末、社会復帰できるまでに回復しました。しかし、日本社会は格差が広がり、目に見えぬ分断が進行し、疑心暗鬼と先入観が渦巻く社会となっていました。二十年前とは全く違う世界で、僕はタイムスリップしたかのような気分です。

闘病生活の間に友人はいなくなり、気のおける何人かを除いて、孤独のうちに、今の日本社会の勝手もわからぬまま社会復帰しなくてはなりませんでした。

僕がカラオケが趣味なのは、単に歌が上手い、表現力があるということだけではありません。一人でやれる趣味というのがそれくらいしかなかったからです。

僕は今でこそ、勝手がわからない今の日本に戸惑い、警戒していますが、本来的にはふざけた遊び心があるので、DAMのカラオケに背景動画を変えられ、しかもグラビアアイドルのものを設定できることを発見しました。因みに、グラビアアイドルの撮影会で知り合った先輩に、カラオケのグラビアの背景動画を撮影すれば、録画できることを教えてもらいました⭐︎おお神よ、変態オタクたちに幸を与えんことを!

数あるグラビアアイドルの背景動画の中で、相原美咲さんがとりわけ目を引きました。僕は今までアイドルやグラビアアイドルというものに興味を惹かれたことは全くありませんでしたが、彼女の映像は彼女の内面ー心優しく、包容力があり、寛容な精神ーが映し出されていて、僕は非常に感銘を受けました。

こんなギスギスした世の中で、誰もが誰かに先んじて目立ち、目を引き、注目を集めたい社会で、許しを与えてくれるような映像が流れるカラオケは僕にとって大事な時間になりました。

僕自身は大変であるものの、ストレスがかかるからと引きこもっては前に進めません。ということで、折角ですし、相原さんのグラビアの撮影会というもの行ってみたのです。参加者の皆さんは後援会の父ちゃんみたいで皆親切でしたし、相原さんは僕が想像していたよりしっかりしていた女性でした。

僕は彼女のファンになりましたから、SNSを少しチェックしてみたところ、彼女は世の人とは違う心意気を持った女性だということがわかりました。

彼女はうさぎと三匹の保護猫、半身不随になったリス、犬と仲良く暮らしています。やはり、僕がDAMカラオケで観たグラビア映像の印象の通り、素晴らしい博愛主義の持ち主だというわけです。

以下は彼女が昨年保護した猫ー彼女はいいこさんと名付けていますーのエピソードを僕の推理、憶測、想像、妄想をかなり加味して、小説風にしたものです。

相原美咲さんの権利使用を許可して下さった相原さん自身に深く感謝いたします。

 

 

 

いいこ

 


 「君はどうしてしばらくここに居つこうと思ったんだい?」

 先輩猫の二匹は俺に尋ねた。

 「どう見ても、君は飼われるようなタイプじゃないだろう?」

 俺もどうしてかと思う。俺の主義を少し変えてもいいと思ったというのが答えだが、なぜ俺の主義を少し変えていいのかと思ったのか?という別の問いが生まれてくる。そもそも俺の主義というのは他者に伝えられるような物なんだろうか?

 「いやいや、君の主義というのは、強烈で明確な筈だ」

 先輩は言う。

 「君は前足が全く言うことを聞かなくても、頑なに人間の力に頼ることを拒否していたんだから」

 もう一匹の先輩は「被災地域でもあるまいし、そんな事は今時聞いたことがない」と言った。

俺は痒くなった腹を毛繕いして、先輩二人に向き直った。

 「俺が今までどうしてこんな考えだったのか?どうして俺が少し考えを変えたのか?それを説明するのは結局、俺の半生を説明することになる」

 「長くなってもいい」

 先輩猫は言った。

 「もしかしたら、長い付き合いになるかもしれないんだから」

 静かな夜に、主人の寝息が響いていた。

 俺は先輩方に目くばせすると、自分の半生について語り始めた。

 


 おふくろは常々、俺に言い聞かせていた。

 「人間は信用ならない。余裕がなくなれば飼い猫を粗大ゴミのように捨ててしまう」

 「飼い猫も人間に依存している分際で、他の猫を見下す」

 「どちらが毛並みがいいか?どちらが良い餌を貰っているか?自称上級猫の会話はそんな話ばかりだ」

 「猫たるもの、自立していなければならない」

 俺は親父を知らない。おふくろ曰く、どこぞの金持ちの飼い猫だったらしい。子供つまり俺を懐妊して、おふくろは親父が餌を持ってきてくれたり、飼い主を連れてきてくれることを期待していたが、発情期が終わるとそれきりだったらしい。

 おふくろがその話をしたのは一度きりだったが、懐かしむ微笑みと苦々しい思い出が一緒くたになったような、複雑な感情が垣間見えたのが印象的だった。

 …俺も子供ながらにおふくろの人間や飼い猫の話を聞いて、彼らはロクでもないのだと思うようになっていた。

 おふくろから、公園や川辺、緑地で人間から餌のもらい方を習ったが、たまに人間に飼われるのと何が違うのか疑問に思うことがあった。

 おふくろはその疑問に「これは貰っているんじゃない、奪っているんだ」と答えていた。確かに、俺たちは飼い猫と違い、人間から一方的に餌を受け取っていた。そして、何より行動の自由と責任があった。自分で寝床を探さなくてはならず、自分で餌場に行かねばならない。

 「危険があるが、それが生きるてことだ」

 おふくろはよく言っていた。

 俺が体が大きくなって、巣立ちが近くなった頃、寂しくなった時があった。おふくろから親父の話は聞いていたけれど、実際に会わなければわからないと思った。

 俺は猫仲間から親父の居場所を聞き出して、おふくろに黙って、親父の家に行ってみた。

 白く輝く豪邸を見た時、もしかしたら親父はすごい猫なのかと思った。だが、毛並みのいい三毛猫に威嚇され、家の主人に水をかけられた時、俺は悟った。どんなに良い家に住んでも、それは猫の実力じゃない。ただ、家の主人にたかっているだけだ。だから主人の寵愛のライバルになりそうな猫を排除しなければならない。飼い主も飼い主で、自分が愛するペット以外は害虫でしかない。それが、たとえ自分のペットの子供だったとしても。

 俺はショックだった。そしておふくろの言っていたことは本当だとも。性格の悪い上級猫になるくらいなら、慎ましくも自立している野良猫でいようとその時、誓った。

 


 俺が大きくなって、独立すると、猫のコミュニティの一員と扱われるようになった。ある時、懇意していた雌の野良猫が飼い猫の子供たちを産んだ時の話を聞いた。彼女はおふくろと違って、自分の子供たちの父親のことなど歯牙にも掛けていなかった。それよりも猫たちの興味を注いだのは彼女の出産にまつわる話だった。

 彼女が産気づいた時、出産の場を二階にテラスがある一軒家に選んだ。二階の庭は日当たりがよく、軒下では雨露を凌げるからということらしい。因みに彼女の相手がその家の向かいの家の一軒家の飼い猫だということを俺は知っていた。

 四匹の子供が産まれたが、自分はすぐに動けず、子供たちに適切な餌を探すのも難しかった。子供たちはすぐに甘えるような声を上げ、その家の住人はやがてその声に気づいたらしい。彼はベランダに出て、子供たちを抱いてる彼女を確認すると、水で薄めた牛乳を軒先に出して、部屋に戻って行ったという。

 彼女は人間を警戒していたし、家の主人も彼女を誘惑しているような様子ではなかったらしく、二、三日ほど、彼は黙って餌と飲み物をベランダに出し、彼女は彼が部屋に戻るのを待って、気付かれないように隠れて栄養を補給していたという。

 俺はこの話を聞いて、動物と友情を結べるような人間もいるのかと感心したが、野良猫たちの反応はより即物的だった。彼女にその家のことを詳しく聞いて、昼間に出入りするようになったのだ。

 彼女は言った。

 「あいつらは野良猫であることを選んでるわけじゃない」

 「上級猫が間違っているとも思っていない」

 「ただ妬んでるだけだ」

 その家の主人は彼らに一瞥もくれてやらなかったという。単に誕生したばかりの子供たちとその母親に同情しただけだった。

 


 猫のコミュニティには飼い猫も加わる時がある。嫌味で表面的な付き合いしかないが、中には情が入ってしまうような付き合いもある。俺にも発情期はあったし、恋をしたこともあった。

 彼女と初めて会った時、俺はその不自然さに驚いた。毛並みがいい白い猫で、明らかに飼い猫なのに、何故かコミュニティに入っていた。ところどころ汚れがあり、時折傷を負っていて、どこか陰のある瞳だったが、やさぐれていない素直な目は確かに飼い猫の物だった。

 俺は全く接点がないのに、一目惚れしてしまった。彼女の方はというと、寂しかったというのが一番だったのだろう、時折デートに誘ってくれた。

 一緒に歩き回ると、やはり彼女の属性というものが気にかけるもので、飼い猫の彼女が何故こんな連中とたむろしているのか?何故、汚れと傷を負っているのか?何故、俺なんかとデートして居るのか?質問した。

 彼女の主人は人間世界で言うところの新興富裕層だった。調子が良かった時は株で数千万も稼いだ時もあったらしい。ところが、更なる上昇を目指して事業を始めたところ失敗して、奥さんに逃げられ、愛人には捨てられてしまったのだそうだ。それ以来、主人は荒んでしまっているらしかった。

 「人は弱っている時こそ、ペットに感情移入するもんじゃないのか?」

 俺は野良猫の中でまことしやかに流れている説をぶつけてみた。

 彼女は嘆息して、答えた。

 「少なくとも、あたしの知っている人間たちは孤独に陥ったり、困ったことがあると、誰かの

せいにして、身近で弱いものに当たり散らすものよ。だから主人が弱りきった時、みんな逃げていった」

 「君も逃げればいいんじゃないのか?」

 「あたしは主人や主人を見捨てた人間のようにはなりたくない」

 彼女は再び嘆息して、「それに結局、彼はあたしの主人よ」と言った。

 俺は彼女に心底同情したし、俺とデートして憂さ晴らしにでもなればいいとも思った。俺が見返りを求めないなんて、もしかしたら俺は本気になっていたのかもしれない。

 いつもの時間、いつもの場所に彼女は来なかった。俺は何日も待った。彼女の家まで行って、彼女の気配を探ろうとした。彼女がまるで俺の幻のように感じられた。野良猫たちに聞いてみると、彼女のゴミ捨て場で彼女の亡骸を見たという。俺は信じられなかった。ゴミ捨て場を確認しようとしたが、彼女はいなかった。

 俺の脳裏には、彼女の主人が彼女にDVをして、彼女を殺害してしまい、彼女をゴミ袋に詰めて、ゴミ捨て場に捨てる情景が頭に浮かんだ。俺は彼女に何かしてやれた、彼女の本意じゃなかったとしても主人を見捨てるべきだと説得できたはずだと思って、罪悪感で情けなくなった。

そういう自分の中の澱んだ気持ちがふつふつと彼女の元主人に対する怒りに変わった。人間はいつも勝手をしやがり、自然の秩序てもんを乱しやがる。だが、彼女の家に行ってみたら、彼女の家はもぬけの殻だった。主人は言うに及ばず、家財も車も、一切がなかった。まるでもともとそこには誰もいなかったかのようだった。

 


 俺はこの時、何だかよくわからなかったがすごく虚しい気持ちになった。自分だけでは抱え込めなくなった。

 彼女に夢中だった間、しばらく離れていた猫のコミュニティに戻って、彼女にまつわる話をした。

 猫たちは言った。

 「要は人間なんかに尻尾振ったそいつの自己責任だろ?お前もあんな奴に色目使われちまってさ。これで目が覚めたんじゃねーの?」

 俺は頭に来た。我を失うほどに。あいつが主人を思っていた気持ちは一方通行だったが、自分の利益のためではなかった。

 俺は猫たちに飛びかかり、噛み付いて、他の猫たちに車道に追い立てられた。そうして、車に前足を踏まれてしまった。

 喧嘩をしても、腹は空く。俺は餌場に行ったが、猫たちは俺を許す気はなかった。

 「飼い猫は帰れ」

 「上級猫さまの居場所じゃない」

 俺は孤独になった。おふくろは自立しろと言った。孤独は似ているが全然違うものだった。

 俺は野良猫を誤解していた。立場が上の連中が八つ当たりし、立場が弱い連中はそれに嫉妬し、また更に弱い連中に八つ当たりする。野良猫は上級猫のいじめを否定しているわけじゃなかった。単に嫉妬していただけだった。人間も猫も大して違いはなかった。例外を除いて、ストレスや苦悩は上から下に流れている。あの純粋な彼女のように、真面目で、誠実で、我慢強い奇特な連中がダムとなって支えているだけだった。

 こういう感覚を無常観というのだろう。

 俺は虚しさと寂しさが混ぜ合わされた気持ちを抱いたまま、街を徘徊した。月日がどれくらい経っていたのかさえ分からない。足の痛みも忘れて、いつの間にか痛みも感じなくなった。体はだるく、俺はこのまま死ぬかもしれないと思っていた。そして、こんな世界にいるくらいなら死んでもいいし、もし生きながらえても、誰も頼りにするもんかと思っていた。

そんな時に今の主人に会った。

 


 俺は彼女に発見された時、また変なのに目をつけられたと思った。同情してる自分がカワイイと思っている自惚れには何人もいた。餌をちらつかせ、写真撮って、自己満足を得たらそれで終わり。でも、俺としてもそっちの方が楽でもあった。もう関係を拗らせるのはうんざりだった。

 彼女もそうだろうと思った。だが、餌を置くだけじゃなくて、付き纏った。終いには、何やら怪しい器具まで持ち込んできた。俺は馬鹿じゃない、それが俺を捕まえるもんだって分かってる。「人間め。手懐けられないからと力づくで自分のものにしようってか」と思った。

 塀の隙間に隠れて、彼女が餌を落として去って行くのを待った。

 だが、彼女が去ろうという気配すらなかった。意地になっているというべきが執着しているというべきか、そこらの人間とは少し違うと思った。彼女は通行人から迷惑がられ、気味悪がられ、苦情らしきことも言われていたのに、俺を諦めようとしなかった。

 太陽が傾いた時間になって、俺は流石に気が付いた。彼女の意地は自分の虚栄心でやってるだけじゃないし、使命感という単純な気持ちで動いてるもんじゃないと。彼女は必死だった。

だとしたら、彼女は決して諦めないし、もうすぐ日が沈むし、しばらく食うところと寝るところに困らないなら、彼女にお世話になってもいいと思った。気に入らなくなったら、出ていけばいい。捕まるというのは初体験だったから、少し慌てたけれど。

 前足を切断されそうになった時は暴れたし、体拭かれたり、毛を刈られるのは気持ちよかったが、股ぐらいじられたのは変な感じだった。彼女について行って、ほんの少し後悔した。

 


 彼女の家で檻の中で飼われるのは、複雑だった。俺は猫、それも野良猫で、自由で、自立していなければならない。俺はそういう主義だった。彼女もうざいほど話かけてきた。他に会話する人間はいないのかよ?と思った。

 ここで飼われているペットたちの経歴も普通じゃなかった。先輩二匹は保護猫だし、りすは下半身が麻痺してる。うさぎと犬はどういう手合いかよく知らないが、変な奴に違いない。

 彼女は俺を「いいこ」と呼んだ。意味がわからなかった。俺ほど人間を嫌っている猫はそうはいないだろう。だが、俺のことはお構いなしに愛情を注ぎ込もうとしていた。押してダメならもっと押せとでも言わんばかりだった。

 俺は彼女に何か悲壮感に似たものを感じた。何かまたは誰かに心を注ぎたいのに、思うにならない。だが、俺たちならきっと分かってくれるだろう、そんな寂しい感情を見せることがあった。

 俺はそんな彼女を見て、いつの間にか力が抜けていた。この緊張が解れる状況を安心とでも言うのだろう。彼女は少なくとも俺たちを裏切ることはないと思った。

 ある夜のこと。彼女は心底疲れ切っていた。何かに思い悩み、不器用な自分を責めていた。普通の人間なら、俺たちに当たるだろう。だが彼女は俺たちに甘えてきた。何かの救いが俺たちにあるかのように。

 俺たちが彼女を必要としている以上に、彼女は俺たちを絶対に必要としていた。だから俺は彼女に安心感を持っていたのだ。彼女は俺たちを裏切らないのではない。彼女は俺たちを裏切れない。

 俺はどういうことかわからなかったから、戸惑って、じっと見つめることしかできなかった。見返りなしに与えられるだけ与えられ、俺は何もできなかった。そんな自分に腹が立った。そんな気持ちはあの白い彼女以来だった。少なくとも俺は彼女に借りを返さなきゃならない。俺は一晩中それを考えていた。

 俺は彼女に甘えてみた。彼女は心底喜んで、猫なで声で返した。

 彼女が自身の信頼に応えて欲しいと手から餌を渡せば、その信頼に応えてみた。そういうようなことを繰り返すうちに俺は悟った。

 


 「彼女は俺たちと対等に接するし、それなら俺は借りを返さなきゃいけない。そういうことなら、俺は飼われているとは言わないだろ?」

 先輩猫たちは目を丸くした。

 「つまり、君が主人に尽くすのは見返りを求めていないてことか」

 「それもあるが、それだけじゃない。彼女は俺の主人じゃない。あくまで俺の主体は俺にある」

 彼らは見合って、にゃあにゃあ笑い合った。

 「君は真面目だね」

 「君は本当に『いいこ』だよ」

 

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