merlinrivermouth’s diary

酒にむかいて当に歌うべし。人生、幾ばくぞ。喩うるなら朝露の如く。去りし日ははなはだ多し。

(恋愛)自分にとっての付加価値を積み立てる

もうそうwifeさんが「あれこれ条件ばかりにこだわっていると、幸せの本質を見失う」とおっしゃてました。今回はよく一般に言われるこの名言ついて、分解して、説明を試みようと思います。因みに以下のアイデアはハンズでノートブックカバー選んでる時に思いつきました。

近年の恋愛は女性が男性に求める条件が厳しくなっています。年々労働環境が厳しくなっているのに、男性に求められる「普通の社会人」としての基準が変わらず、女性は自身の生活苦から、所得水準の高い男性を選ぼうとする傾向にあり、実際にお見合いサイトやマッチングアプリでそのような男性を見つけられてしまうがために妥協を知らない、或いは妥協してしまいます。なぜ、妥協を知らないことも、妥協してしまうことも問題か?と申しますと、まさにそれが今回のテーマです。

 

まず、純粋に恋愛を「市場」、人を「商品」として捉えている前提がある状況から、現在の恋愛を説明します。

今現在の恋愛傾向の流行として、女性の男性の条件は年収500万以上のサラリーマン以上の社会的地位があり、大卒で、二浪以下で、そこそこハンサムであり、女性を気遣ってくれるというものです。因みに東京の40歳以下の男性で年収500万以上の人は10数%らしいです笑。男性の女性の好みはそこそこ美人で、男性を立ててくれて、気立てがよく、共働き可であり、家事を積極的にやってくれるというものです。僕の経験則で、休憩室即ち本音で男性を立ててくれる女性に会ったことはありません。つーかそんなマゾヒストな女性を見かけたことはありません。(ぶっちゃけ、大概Sじゃね?)

こうなると、条件に見合った人は相手を選ぶことができるので、相手はその他大勢の誰かに過ぎず、愛着が生まれにくいです。逆に選べない人も相手を妥協したその他大勢と見做していますから、相手が取り立てて大事とは思いません。究極的には、長者番付入るような男性や余人に代え難い美人でなければ、その他大勢ですので、時間が許す限り、何度も別れて、他の相手を探すことができるのです。

もちろん、この状況を完成させたのはマッチングアプリとお見合いサイトです。腐るほど恋愛対象がいますからね。

この状況では、恋愛であれ、結婚であれ、うまくいく即ち、成長や円満さや理解が継続する関係にはなりにくいです。たとえ、ヒューマニティに溢れる、愛情に飢える人が誰かとパートナーとなったとしても、そのパートナーが今風なら、やはり上手くいきません。

 

先ほど述べたのは失敗例と言えますが、では成功例はどのような感じでしょうか?

例として、最も標準的な?漫画アフロ田中の田中くんの恋愛模様を挙げます。なんでアフロ田中か?というと最も一般的な男子目線で、僕が最も好きな漫画だからです。文句あるか?

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AD%E7%94%B0%E4%B8%AD%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA

田中くんは通称7の女と付き合っていました。なんでも女性として10段階中7だから、7の女らしいです。一年ほど付き合って、彼女はワーキングホリデーに行き、即座に浮気します。田中くんは浮気現場を目撃し、泣きながら帰国、日本一周とか沖縄に逃避行とか、現実逃避して過ごします。元の職場に戻ったあと、何度かやっつけ気味で、ふてくされ気味で合コンします。そこで、漫画家志望の冴えない女子に出会うのですが、なぜかお互いに引きつつ、惹かれつつも、付き合います。周りから「え?」という反応でしたが、まんざらでなく、交際中にかたや彼女が漫画の連載でやばーい感じになったり、かたや田中くんは神奈川にボロいペンション開いてヤバい感じになりつつも、ある意味で心が通じた恋愛をします。彼女は田中くんのセンスがないけど努力してる素朴な感じを気に入っていて、田中くんは彼女が生理中凶暴化したり、普段すげーそっけなかったりしても、時折見せる優しさにぞっこんだったりします。田中くんが結婚を決めたのは、同棲しているアパートのトイレで田中くんが粗相をしてしまい、彼女が文句言いつつ、トイレを掃除してくれた時でした。こんなことしてくれる女性は母ちゃんと彼女だけだと思ったそうです。即座にその状況下でプロポーズしました。因みに、子供ができてからはそんなことをしてくれず、田中くんは自分が彼女の一番でなくなったことを受け入れます。

さて、この例からは客観的には特別な何かは全く存在しません。ギャグぽっいだけです。それどころか、田中くんはしがない建設会社の一社員でしかなく、お相手は美人でもなければ、男性を立てるタイプでもありません。経済的には不安定です。では、どうして、前者と違い上手くいっているように思えるのでしょうか?それは彼らがお互いを唯一無二だと思えるだけの恋愛の過程を踏んでいるからです。ビジネス的見地で言えば、相手に自分にとっての付加価値を積み重ねたからです。

反論はあるでしょう。何も特別な出会いではなく、交際期間中も苦労ばかりで、プロポーズに至ってはロマンチックもヘッタクリもありません。それは客観的に言えばそうでしょう。しかし主観的には評価は真逆になります。

田中くんは前の彼女にしょーもない振られ方をされ、自己肯定感ゼロの状況で彼女と出会いました。彼女はめちゃくそオタクで、非モテもいいとこで、恋愛をは半ば諦めている状況でした。お互いになんとなく気に入り、たかだかちょっといいなぐらいが、自分のことを気に入ってくれるなんてという感情になります。主観的には運命の出会いということです。

交際期間中、田中くんはボロいペンション開いて失敗するというしょーもないことをやり、彼女は漫画の連載に追われて、廃人手前になりました。しかし、彼らは文句言いつつも、お互いの選択を拒絶せず、挫折した時はなんだかんだで一生懸命フォローしました。つまり自分の特性に関わる苦労に相手が関わり、挫折を支えてくれたということです。客観的には、苦労が多いカップルです。しかし主観的には、苦労を分かち合える仲間で、かけがえのない思い出を持っている大切な人ということです。

プロポーズも客観的には全くロマンチックではありません。しかし、主観的には自分のケツを拭いてくれる唯一無二の相手と気づいたこと、自分が相手にとって唯一無二だと相手が気づいてくれたことという本質を象徴してる場面でした。

仮に、最初から条件を決めて、アプリかなんかで相手を選ばおうとしたら、こうはいきません。出会いからして代えが効く相手ですから、付加価値はありません。代えが効く相手で、条件が相手の苦労に巻き込まれたくないということですから、相手の挫折や苦労を乗り越えようと思わないでしょうし、自分が相手の苦労に巻き込まれないために、相手の自己選択に強く介入することさえするでしょう。仮にそれらを我慢したとしても、それは相手を慮ったが故ではなく、相手にフラれないがためではないでしょうか?つまり、基本的に自分本位である筈です。自分も相手も、付加価値を積み重ねていないなら、その他大勢に過ぎないからです。

比喩的な意味で、相手のケツを拭くでしょうか?自分が相手より価値があると思っているなら、拭いて当たり前だとなるでしょうし、自分が相手より価値がないと思っているなら、対価なくケツ拭くなんて真っ平ゴメンでしょう。

 

ところで、ハンズでノートブックカバーを見繕っている時に何故思いついたか?といえば、半年前に2000円で買ったノートブックカバーに愛着があることを自覚したからです。

合皮といっても、水には強くないので、油を引いたり、ポケットついてるのが便利で常に携帯しています。愛着が湧いているがために、高いものを見繕うとしても、手を出そうとはしませんでした。つまり、市場的にはともかく、僕にとっては、そのノートブックカバーは貴重なわけで、それが主観的な意味での付加価値です。手入れし、大事に使い、愛用してる行為が主観的な付加価値を生みました。

僕が17で一人暮らしを始めた時、貯金をはたいて3万円のAIWAテレビデオを買いました。一年目でビデオ部分がイカれましたが、地デジ化するまで、十五年間程度それでテレビを観ていました。手放す時は本当に悲しかった。なんか、僕と苦労を共にした同士と今生の別れみたいで。これが愛着、付加価値です。

例えば、気のない相手からもらったり、消耗品のつもりで買ったものを大事にしようとは思えないでしょう。逆に、たとえ安くても、思い出の品だったり、大事に手を入れていた愛用の品だったりすれば、たとえ他人に価値のないものでも、愛着が湧いて、手放せなくなるものです。

確かに、人間は物ではありませんが、現実問題、現在の恋愛のトレンドは、恋愛を「市場」と呼び、恋愛対象を物として格付けしています。実際問題として、愛情に飢えている、愛情の価値がわかる苦労人でなければ、恋愛という市場に出れば、自分も含めて評価対象として扱われてしまいます。ハンズに置いてあるノートブックカバーやヨドバシにあったテレビデオと大差ないのです。そのような状況下で、相手に愛着を持ち、相手に愛着を湧かせさせなければなりません。物相手には自分の努力でなんとかなるでしょう。ところが意思ある人間同士では本当に難しいことです。

あざとく振る舞ったり、地位や収入をひけらかしてもほとんど全く意味がありません。それどころか打算は逆効果にもなり得ます。相手の本気を受け取れ、自分が本気を出せることこそが、最善の道です。

 

ほとんどの人は出会いがないと嘆きます。ですがその責任の一端は我々ユーザー側にもあります。

確かに結婚には条件が必要かもしれません。僕みたいに苦労しすぎで多少の苦労が苦労と思えなくなってしまった、感覚が麻痺している奇特な人種を除いて、一般的には他人の苦労は買いたくないのは理解できます。経済力は維持したいでしょうし、出世に繋げたい人もいるでしょうし、自分の会話についていける人でなければ嫌だという人もいるでしょう。ですが、例えば、そのような条件につつがなく有名大学を卒業した者を選ぶ必要があるのでしょうか?何故、努力して、自分の話を相手に理解してもらおうとか、相手の話を理解しようと思わないのでしょうか?何故、相手を知る前から、相手の苦労や挫折を敬遠するのでしょうか?たとえ、一部条件に見合わなくとも、接点を持ったのなら、恋に落ちるかもしれないのに。大学に通えなくとも教養ある人はいますし、得てして苦労を知らない人より苦労している人の方が愛情深く、そもそもやりとりしなければどんな奴かもわかりません。

拒絶の気持ちから入って、運命的な或いは心揺さぶられる出会いなどあるでしょうか?本気で好きになれば、人は多かれ少なかれ、見境がなくなります。そのような行動を「キモい」と評して、どうして誰かの本気の好きをキャッチできるのでしょうか?本気の好きを受け取れない人に心揺さぶられる、付加価値がある出会いなど訪れるでしょうか?

恋愛が市場化している流れが変わらない限り、ユーザーが変えられるのは自身の心の持ちようだけです。市場原理に流されれば、恋愛や結婚で失敗するのは合理的な結論です。成功している人は市場原理を無視して、昔ながらのアプローチや交際を経て、愛着という付加価値を積み重ねられた人ばかりです。

候補に対して条件を絞るなとは言えません。ですが、拒絶から入れば、良い出会いなどある筈がありません。少なくとも対象の苦労が理解できるかどうかまでやりとりしなくては、自分に対して愛着を相手に植え付けることなど出来はしないでしょう。

 

僕は必ずしも経験が豊富とは言えません。真剣に交際した相手も二人です。現状の恋愛について分析できるのは、文化人類学的、社会学的なセンスがあるからです。

例えば、実は一部の社会性がある動物と我々の恋愛の手法はあまり変わりません。雄がアプローチし、アピールし、雌が気に入ったらデートを繰り返し、最後に雌が自分の巣に招待します。相手を気にいる過程、相手を試す過程、相手を受け入れる過程がちゃんとあるということで、動物から人間まで恋愛の文化は不変であり、普遍「だった」わけです。マッチングアプリやお見合いサイトはこれを変えてしまっているわけです。

我々ユーザーは現状が一見して合理的で論理的であっても、全く現実的でないということをしっかり認識しておく必要があります。もうそうwifeさんが指摘なされてたように、マッチングアプリがない前は、安易に出会いを求めるのは難しいので、相手に厳しい条件を課すのが実際問題不可能であり、恋愛から入って、結婚となると条件をある程度妥協せざるを得ませんでした。今はいきなり異性を厳しい条件で精査しても問題がないため、恋愛という過程を省略できてしまうわけです。

こういうの、なんていうのか知ってますか?売買春て言うんですよ。

 

余談①僕が設計し、ビジネス特許出願中のマッチングアプリについて。

中身はまだ言えません。

数日前マッチングアプリの会社二社から異議申し立てが入り、速攻で異議申し立てが却下されましたが、今日、業界は他の三社を使い再審査請求を行なって来ました。業界側が抵抗するということは僕の設計が非常に有望で、市場を独占すること、彼らを淘汰してしまうこと、彼らが現状の恋愛市場を変える気がないことを示しています。

我々は極めて有能ですから、彼らの抵抗に対して余念がありません。具体的なことは言えませんが、最悪でも再審査は通るでしょう。彼らが使える手は自民党議員に一ヶ月毎に500万円払うことくらいです。それも数ヶ月続けては不可能ですから、早いか遅いかの違いしかありません。

アプリの内容の詳細はまだ言えませんが、こういうことを書けるような人間が考え出したアプリだと覚えていてください。

 

余談②

僕もね、好きな人がいるんですけど、なんというか急に不安に駆られるわけです。僕、乙女入ってるし。

ということで、行きつけの占い師がいたりするようになってしまったわけですが、今日行ったらですね、なんかその占い師の左手の薬指にキラキラ光る石見たいなのがついた金の円環が付いてたんですよー。しかも「ウフォフォン」て雰囲気だったし。

彼女、すげーオタクだから、「自分で買って着けてる」なんてことも有り得るかななんて思ったんですけど、な訳ないすっネ。

今度、菓子折り持ってかねーと。