merlinrivermouth’s diary

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(社会)新興富裕層が生活困窮者をどのように捉えているか?

DaiGo氏が自身のYouTubeチャンネルにて、生活保護受給者やホームレスの人々に対して行なった差別的見解及び主張について、社会的批判が巻き起こった。たかだか1人のタレントに対してである。これは日本の社会が社会的弱者に対しての非人道的発言や行いを是認し難いということを示唆している。しかしながら、第二次安倍政権誕生から今の今まで、経済的困窮者に対する政府の庇護は失われてきた。そしてその政府の施策を下支えしてきたのが、経済的困窮者や社会的弱者に対する自己責任論であり、その自己責任論を唱える人々は声がでかく、その主張への反論はあまりに少なかった。

2021年8月7日以前と以後ではパラダイムが変わったのだろうか?それとも単にこの15年ほどの期間や新興富裕層の感覚が異常だっただけなのだろうか?この件に関しては、ほとんどの人はDaIgGo氏への世間からの批判的反応を当然のように、そしてあまりに自然に受け止めている。まるで第二次安倍政権から今現在にまで行われている経済的困窮者に対する政府の施策を全く知らないかのように。私には、むしろこの世間または社会の反応が興味深くあった。

 

A 日本の新興富裕層の実態

日本の新興富裕層はバブル期から人工的に醸成された。彼らの原蓄財は彼ら自身の専門性を有する職からの収入とその職から蓄財を可能とする経済政策即ち、累進課税率の大幅な軽減、投機的株式売買の緩和、金融所得課税の軽減、アベノミクスによる人工的株式市場の活性化によって達成されている。

高度に専門性を有する人々が皆一様に新興富裕層となり得たわけではない。新興富裕層に参入できた人々は特別な才能がある一握りの人を除き、アッパーミドルと変わらない職種ながら、倫理にもとる或いは違法スレスレの脱法行為によって、株式市場に投資するための原蓄財を得ている。例えば、弁護士ならば、大手弁護士事務所に勤め、大企業専門の弁護士となり消費者や顧客を力でねじ伏せたり、債務者と契約しながら債権者である金融機関と裏で通じて、債務者及び資産を債権管理の状況に持っていたりする。

ほとんどの場合、彼らは富裕層であっても、資産家ではない。資産家と言えるのは、金融所得、法人経営からの収益、不動産からの利益が一定あることを意味する。国内市場は常に低調であるため、事業を起こして成功することは非常に高リスクで、かなりの資本投下が必要になる。収益が上がる不動産は既に資産家や金融機関が押さえているため、非常に高い。五千万以下の金融資産を銀行の投資部門に預けても、銀行に上前をはねられ、収益は数百万程度でしかない。彼らが利用できる不労所得は金融資産だけで、それも投資信託方式ではなく、FXなどを通じて、自分で管理することになる。

彼らの資産や収入は常にフローであると言える。彼らの仕事ぶりは政策変更によって容易に状況が変化するもので、最悪の場合は社会的責任を取らされることもある。彼らの金融資産への態度は投資ではなく投機であり、ハイリスクハイリターン含みで、不動産所有や法人経営など経済的地位を維持するのに安定的な収益を確保することが困難だ。経済的地位を次世代に継承させるための投資は教育しかない。結論としては新興富裕層は資産家ではなく、アッパーミドルの延長線上にある。

新興富裕層の経済的環境は常にフローであるため、新興富裕層への出入りが激しく、常に緊張感を強いられる。資産家へと脱皮するのは非常な努力と運と才能を必要であり、彼らのほとんどは努力と才能に欠けるため、彼らは自らの資産の使い道が贅沢しかなく、刹那的生活スタイルになる。例えば、新興富裕層の遊びと言えば、代表的なものにデートクラブがあるが、西東京全体で二軒しかないのに、東東京には30ほどあり、港区だけで15軒もある。因みに渋谷と新宿には5軒づつだった。

当然ながら、新興富裕層は、彼らの階層が人工的に作成され、専門家としては悪質で、機を見るに敏という程度であるにも関わらず、自らの能力を恃んでおり、収入や能力がない者を蔑んでいる。住民税などの税や社会保障や地域環境の公的サービスなどに否定的だ。事実として、新興富裕層が集中的に居住する地域は住民税が格段に安く、公的サービスが機能していない。彼らは他の階層を蔑んでいるため、居住地域に集中的に住み、他の階層は追い立てられる。アメリカにはゲートシティが存在するが、日本では新興富裕層がゲートシティを作りつつある。港区やお台場が代表的な例だ。

彼らの性格上、愛情、友情、信頼、ヒューマニズムなどのおよそ人間的な幸福からは程遠い人種になる。前提として、目先の自己利益と刹那的な快楽、虚栄心によってキャクターを構成している。自身にとって利用価値がなければ、家族や友人を物のように捨てる。動機が経済的或いは社会的な理由であるにせよ、快楽であるにせよ、はたまた虚栄心を満たすためであるにせよ、人の価値は彼らの利用価値に値するかどうかでしかない。

彼らにとって、人間とは物であり、彼らより下位で、彼らに関係する人は彼らの所有物という扱いである。しかしながら、新興富裕層に属する人々は世間や社会からの評価に敏感でもあり、教養があるためにそれらに一定の理解がある。元来、詐欺師的であるため、体裁を取り繕うのが非常にうまい。不幸な結婚や愛人関係に至る身の上話には、ほとんどの場合、彼らが関係するが、それが可能なのは、新興富裕層が自身の階層の喧伝に余念がないうえ、彼らの実態というものを知り得る人が限定されるためだ。遊び方が派手な詐欺師的な人間に騙されてしまう人が出てくるのは当然の帰結である。また、彼らは自らを近代の最先端を走っていると誤認にしている。この感覚が彼らの無謬性と傲慢さに拍車をかけている。

新興富裕層は政府の施策により、人工的に生まれた。目的は体制に迎合し、消費を活性化し得る階層を作ることにあった。当然ながら、体制は新興富裕層に重点的に利益誘導を行い、新興富裕層は体制即ち新自由主義的政策を支持する。彼らは元の出自がアッパーミドルの知的な階層であり、自己利益にしか興味がなく、政府が重点的に注目することから、社会的影響力が極めて強く、声が大きい。ほとんどの場合、彼らの主張にその他の異論は圧殺されてしまう。月九のドラマ、アイドル、報道、ありとあらゆるマスメディアの発信は新興富裕層の趣味や主張に強く影響を受けている。

新興富裕層の出自は極めて似通っている。ほとんどの場合、都市部の中高一貫進学校出身である。そもそも、いかに能力があったり、勉強ができても、中学高校とティーンの間に様々な階層の人間と接していれば、自分とは違う人間を人として看做さないなんてことができなくなる。中高一貫進学校は他の階層と分断されており、また皆一様に厳しい中学受験を勝ち抜き、他の階層の人と接する機会がないため、自身を特別扱いする傾向が極めて強く、それらは競争に勝利したという事実によって強化され、無謬つまり極めてエゴイスティックな心理状態に置いている。彼らにとって競争に勝利したことが無謬になれる正当化根拠であるため、同一階層であったとしても、挫折や失敗をした者には容赦がない。故に、究極的には、他の階層のみならず、同一階層も人間扱いしていない。

注)東京都で、公立の中高一貫がブームだが、いかにも新興富裕層の人間が発案しそうアイデアである。常識的に考えて、高校受験がないのだから、勉強効率は下がる。そもそも中高一貫進学校のほとんどの生徒は学校とは別に塾に通っている。そのような生徒が勉強ができるのは、中学受験を経て、一定の地頭が保証されているうえに、自らを選良だと思い込めていて、家庭が教育に惜しみないからだ。即ち、学校に理由があるのではなく、家庭と気持ちの問題でしかない。おそらく「我々みたいな選良は中学受験と中高一貫に特徴があるんだから、選良をつくるには中高一貫が1番だ」という短絡的かつナルシストの発想で止まってしまっているのだろう。いかにも実際は視野が狭く、アイデアを生み出せない新興富裕層が考えそうなことである。

 

B DaiGo氏と新興富裕層の共通点

DaiGo氏の生活困窮者に対する主張を要約すれば、以下の通りである。

1 ホームレスや生活保護受給者は自分に必要がなく、邪魔である。

2 彼らは人間として劣っている。

3 彼らに自分の税金が使われるのは癪だ。

これらは新興富裕層が共通して持っている感覚である。決してDaiGo氏だけがおかしいのではない。DaiGo氏はまた以前に「元気に子供を産んでくれるような女性が価値が高い」というようなことを主張していたが、これは新興富裕層の男性に共通して持っている感覚である。新興富裕層は自己利益に邁進するのが人として正しい姿であり、資本主義は適者生存であるというのはほとんど絶対的価値観だと本気で信じている。そのため、彼らの概念では人という存在は容易に商品化する。男性に需要のある女性の価値が高く、需要がない女性に存在価値がないというようなDaiGo氏の発言は決してDaiGo氏特有のものではない。

私はセーブザチルドレンに寄付しているが、寄付者数は一万人に満たない。一方、新興富裕層の男性はパパ活を女性援助と公言している。彼らはありとあらゆる公的支援に対し否定的で、自己利益に関することにしか労力を払いたくない。私的な寄付さえ行わず、自分の欲望を満たす行為の反射効果を支援と称するような人々である。

DaiGo氏はタレントやYoutuberとしての収益があり、本来的に階層性が低いようにも思えない。彼が接する周囲の人間はマスコミ関係から始まるだろうが、マスコミ関係は新興富裕層に最も近い職種である。新興富裕層は自らと価値観を共有している富裕者ならば、新興富裕層として見做す。つまり、DaiGo氏は新興富裕層として発言し、新興富裕層の価値観を代弁していたに過ぎないのだろう。そして、新興富裕層は自らの価値観を絶対的であると認識しているから、彼ら以外の人々の価値観を測ることができない。結果、DaiGo氏は社会的制裁を受けてしまった。

 

C 生活困窮者に対する日本政府の政策と新興富裕層的価値観

先月、恩師にはこのような案件が回ってきた。生活に困窮している天涯孤独の男性が近所のお婆さんと知り合った。彼女は生活保護を受けるしかなく、しかしながら役所は彼女に兄弟がいることを理由に受給申請を拒絶するという違法行為を行なった。その女性と女性の兄弟とでは、30年以上音信不通であり、生活の面倒を見ることを頼むどころか所在の特定さえできなかった。女性は何度も役所に赴くが、その度に役所からの嫌がらせに遭った。ついに彼女は餓死してしまい、男性の怒髪は冠を刺した。男性は役所にクレームをつけ、役人に暴力を振るい、火をつけて、逮捕されるに至った。

このような事案は特殊ではない。第二次安倍政権以降、全国的に普遍的に行われている。日本政府は何らかの支援団体がバックにいなければ、生活困窮者に社会保障を行うことがない。それらは新興富裕層の価値観と利益に完全に合致している。

日本経済の成長が鈍化している以上、新興富裕層の階層利益はアッパーミドル以下を搾取することにしか生まれない。例えばアベノミクスという政策は政府の資本を株式市場に大量に導入し、人工的バブルを作り出して、株式市場に参入できる層をリッチにする政策だ。政府の資本は無制限ではないため、どこかで財出を削減し、歳入を増やさなければならない。政府が削れる財出は防衛費か社会保障費であり、増やせる歳入は法人税所得税、消費税である。政府は防衛費ではなく社会保障費を削り、消費税を上げた。本来、リフレ政策で潤った資金を実体経済に反映させるために、社会保障費を上げ、消費税を下げねばならなかったにも関わらず。

自民党の利益は財界と期を一にしている。第一は資産家階層であるが、アベノミクス以降は第二に新興富裕層が加わった。

 

D なぜ今になって、世論が沸き立っているのか?

DaiGo氏の主張は既に日本では当たり前のように、公然と行われ、日本で最も影響力のある階層は同様の価値観を持っている。このような考え方を是認できないのは当然だが、何故、安倍政権の間ではなく、今になってなのか?それもこのような社会状況を全く知らないかのようにDaiGo氏を批判している。

思えば、新興富裕層と直に接する機会にある人は少なく、あったとしても彼らの贅沢あるいは金遣いの荒さに目が眩んでしまう人が多いのだろう。しかも、彼らはマスコミを支配しているし、一般の方は生活に追われているから、日本の社会状況について知り得る契機が少ない。

DaiGo氏の問題はDaiGo氏だけの問題ではない。新興富裕層全体の問題であり、従って日本政府と日本国民の問題である。日本の有権者や市民は支配階層、いわゆる上級国民がどうなっているのか、ちゃんと理解しておく必要がある。さもなければ、利用されるだけ利用されて、ヤリ捨てられるのがオチだ。

 

余談)担当弁護士の弁理士登録ですが、異議申し立て行なった人はやっぱり勘違いしていました。しかも姓だけで判断したそうな。彼と僕の初恋の人は姓が同じなんですよね、姓だけで判断したら、やばいことになる。…ガチでキモくなったす。

ということで、ビジネス特許取得は10日ほど遅れます。