merlinrivermouth’s diary

酒にむかいて当に歌うべし。人生、幾ばくぞ。喩うるなら朝露の如く。去りし日ははなはだ多し。

友人は無作為抽出で選ばれる

僕が「ワクチン接種で、コロナに感染した疑いが濃厚な知り合いが2人いるということは、100人に1人程度ではないか?」と述べていたところ、知り合いでもなんでもないFondriestというアカウントが「この人、友人を無作為抽出で選んでるんですかねw」と馬鹿なことを言っていた。

さて、ここである疑問が生まれる。

①受けるワクチンは階層性によって違いがあるのか?

②そもそも友人は無作為抽出でないのか?

 

①ワクチンは医療従事者向けと自治体・大規模接種向けがあり、ラインが違う。医療従事者向けの方が温度管理がしっかりしていると思われるが、実際のところは不明である。自治体・大規模接種向けは接種する自治体の違いによって話が変わるうえに、やっぱり日本政府から自治体に引き渡される過程すなわち輸送過程の温度管理を信用することができない。

因みに知り合いの1人は医療従事者向けワクチンを受け、もう1人は元財務官僚である。

Fondriestの文脈であると、「階層性の低い友人を選んでるからだ」という文脈にも受け取れるが、ワクチンを接種するところまで行けば、階層性はあまり関係がない。

当然、ワクチン接種からコロナになるには、ワクチンを接種しなければならない。

 

②友人を選べという言葉がある。これは貸した金を返さない、返せないような人とか、犯罪可能性がある人、信用のおけない人柄、住んでいる世界や階層性が合わない、というような場合に使う。これらは友人候補から除外する可能性がある条件であり、条件に当てはめる場合とそうでない場合がある。友人にする条件ではない。では、そもそも友人候補とされる過程はどのようなものであろうか?

基本的に友人が友人と選ばれるのは、無数の人間の中からたまたま知り合いになるきっかけがあり、たまたま馬が合うなどして、付き合いが始まるような過程である。主観的には、自分で友人を選んでいるような印象がある人もいるだろうが、客観的には、無作為的な偶然によって、友人や知人が集まっている。

Fondriestというアカウントは「友人を無作為抽出で選んでる」と馬鹿にしたかったようだが、どうだろう?実際、超自然的絶対的なパワーがなければ、友人は無作為抽出で選ばれている。

 

一方、知人、友人、恋人、家族、およそありとあらゆる人間関係を「選んでいる」という考え方こそが傲慢でもある。出会い自体は偶然であり、人格的には対等である。

確かにやべー奴は除外したり、距離を置いたり、適切な仕様があったりする人もいるが、基本的な前提は偶然かつ無作為かつ運命的なものだ。

また知人、友人、恋人、家族を自分の都合で任意で選ぶ前提がでなければ、友人を選ぶという発想に辿り着かない。そんな人間を信用できるだろうか?そういうタイプは自らにとって利用価値がないと思えば、人間関係を切り、それでいて切った人間関係が必要だと悟れば手のひらを返すような輩である。

僕はそのような傲慢不遜な態度の人間を、むしろ、友人から除外するものである。

 

補足)件の元財務官僚は恩師の父親であるから、僕の友人ではない。だから、知り合いと言った。

もう1人は実家で働いている従業員である。だから友人ではなく、知り合いと言った。

 

補足2)僕は鷹揚かつオープンな人なので、貸した「物」を返さないとか、住んでる世界が違うとか、階層性が違うとか、趣味が違うとかで人間関係を変えるようなことがない。傲慢で自己中な、視野狭窄で、自分で物を考えようともしない奴でない限り、どんなに困った状況にあっても、関係は変えるつもりはない。

 

補足2の補足)恩師は僕が貸した「炎の英雄シャープ」というDVDを半年以上返していない。ヨーロッパユニバーサリス3というゲームは10年以上前に貸したきりである。「二時間遅刻が当然」と開き直っているうえに、最近ではメッセージすら読まなくなってきた。だが、関係を変えるということはない。物を貸したり、時間通りにくると期待しなければいいのである。