merlinrivermouth’s diary

酒にむかいて当に歌うべし。人生、幾ばくぞ。喩うるなら朝露の如く。去りし日ははなはだ多し。

日本において、怒りを我慢せよ、という主張は反近代であり、正当性がない

さっき、さらーとはてなブログを眺めていたのだが、どうも「アンガーコントロール」というのが流行りらしい。

欧米において、階層性が高い人ほど、他者に対してセルフリスペクトを貶める発言ないし主張は御法度である。最低でも表面的には、他者に対して尊厳を傷つけるような発言をしてはならない。

日本の世間、特にホワイトカラーの中間団体にはこれが全くない。日本の法律も人格権侵害を容認している。事実パワハラの責任を加害当事者がとることはほとんど全くない。これはパワハラが世間にとって必須であると体制が見做しているからだ。

当然ながら、そのような世間でつつがなく生活できる者はその世間の理屈をプライベートでも持ち込むし、そもそも中間団体に所属している人は所属構成員以外どうでもいい人だから、好き放題やって、モラハラのオンパレードである。

また、日本の法運用は極めて恣意的であり、社会正義の観念が全く不足しているから、そのような状況が改善される見込みがない。

つまり、日本という国は一方では人格障害的な人物たちが一方的加害者として存在し、被害者はそれに対して抵抗しようがないというような状況が日常茶飯事であると言える。

このような状況において、「アンガーコントロールできない人はダメだ」という論調を発言することは、不当に虐げられている被害者を抑えつけることに変わりない発言とあまり大差なく、間接的かつ強力なモラハラであると評価できる。

一般的かつ歴史的に、持てる者ほど自己抑制が必要である。持てる者ほどアンガーコントロールは必要だが、日本において富裕層やプチブルと評価できる階層は一割もいない。となれば、基本的にはアンガーコントロールという言葉に正当性があるのは、当事者が八つ当たりしている場合か、当事者の階層性が高い場合に限定され、特殊状況にある場合である。

 

補足)日本のホワイトカラーには婚姻にまでパワハラモラハラを持ち込むカスが結構いるらしい。愛すべき人がいるから結婚するんじゃねーの?と僕は思うが、日本のホワイトカラーは社会的に必要だから結婚するらしい。イカれてんな。

 

補足2)アンダーコントロールがアンガーコントロールになっていたが、面白かったのでそのままにした。

アンガールズのファンということではない。