merlinrivermouth’s diary

酒にむかいて当に歌うべし。人生、幾ばくぞ。喩うるなら朝露の如く。去りし日ははなはだ多し。

家族という究極の中間団体

日本人が中間団体の制約から逃れるのは難しい。それらは経済的な利得があり、生活を保障している部分が大きいからだ。

しかし中間団体の規範は精神的な自由を奪う。団体の自治の主導権を誰が握っているかで構成員の精神的負担や精神的な充足が決まってしまう。日本が中世と言われる所以である。

最たるものが婚姻である。日本の場合、女性に専業主婦を求める場合が多く、そして経済力があればあるほど、主導権を握る方の度量や了見が狭くなる傾向がある。貴族階級と言える僕が言うのだから、間違いない。

一度専業主婦になれば、再就職は難しく、サービス業のバイトやパートで所得を得るのが普通になるが、現在はコロナ禍であるため、やはり夫の支配から逃れて自由に生きるのが難しい。

経済的安定を求めるか?精神的な負担から逃れて、充足を求めるか?という二者択一に狭られるケースはよくあるだろう。

 

何故、夫側は自分だけが苦しいと思うのだろうか?

何故、妻を支配しているという自覚がないのだろうか?

愛する人の立場に鈍感だから、傲慢になり、妻が精神的に追い込まれることになる。

例えば、女性が子供を捨て、経済力のない若い男の下へ逃げたという話があったとしても、僕はその行動を浅はかで愚かとは全く思わない。

夫側が妻の子育てに関する苦悩や生活に対する不満、自分の生きる道を捨て、夫と結婚したことに対するルサンチマンを全く聞かないなんていうのは、非常によく聞く話である。

夫が了見が狭いならば、自らの仕事とか人付き合いとかその程度のことで、妻が自身の自己実現を諦め、人生を家庭に賭けているということを無視する。そして、大概は日本の夫というのは、了見が狭い。

金があっても、精神的に不幸であれば、それは不幸だ。精神的な不幸を代償行為で埋めるだけの資産が一般家庭にあったとは思えない。

そもそも、特に大企業の正規労働者はよく勘違いしているが、彼らの特権的地位は保障されていない。コロナ禍の整理解雇の可能性はあり、コロナ禍で延期される可能性があるとはいえ、十年後にはジョブ型雇用が施行されているだろう。

精神的な代償を金で賄うことができないなら、それは貧乏なのと大して変わらないし、また実際貧乏になる可能性が相当程度ある。

女性が前の家族にいっぱいいっぱいで、明らかにいい奴、度量がデカい奴の下に逃げたとしても、それが間違っているとは思えない。

ある人は女性側に責任があるように言うだろう。だが、僕は夫側が中間団体の長としての責務を果たしていなかったことに問題があると思う。切迫感がなければ、逃げなければいけないという覚悟がなければ、金がない若い男と一緒にならないだろう。

 

僕が購読している人はまさにこの貧乏な若い男性であるが、彼は奥さんに「こんなはずじゃなかった」「嘘つき」と言われているらしい。

だが、僕は、それは彼に対して言ってるように言っている台詞に思えない。

世間は、女性に、家庭を持つことがどれだけ精神的経済的に満ち足りるものか宣伝している。小泉政権以前なら、必ずしも間違っているとは言えなかった。だが、今は詐欺に近い謳い文句だ。

安定した稼ぎがあって、ヒューマンな男性なんて、何割いるというのか?

自分の人生を家庭に費やし、経済力と精神的支配、自由と貧乏、どちらか選べと言われ、それは単に間違っていた相手と婚姻していたからで、元夫とは二人の子供がいる。

日本の世間や男性全般に対して、「こんなはずじゃなかった」「嘘つき」と言いたくなるだろう。

 

僕は、俺は日本の男性の一員として、無頓着故に傲慢な男に苛立ちを隠せない。そして、だからこそ、この不幸な社会システムをどうにかできないものか?と考えてしまうのだ。