merlinrivermouth’s diary

酒にむかいて当に歌うべし。人生、幾ばくぞ。喩うるなら朝露の如く。去りし日ははなはだ多し。

ネット民の誤ったリベラル感

リベラルとは社会民主主義を意味し、個人の実存的な自由を目標とする。従って個人の「析出」と再分配政策が手段として、絶対必要条件となる。

 

A 日本におけるリベラルの役割

理論的には、世間や中間団体が存在するためにはステレオタイプ的偏見や先入観が必須であるため、個人を析出する場合、世間や中間団体は破壊されなければならないのは確かであるが、世間や中間団体を無策に破壊した場合、分解された人は経済力を持たず、個人としての自覚を有しないため、個人を「析出」することはできない。リベラルが再分配政策を必須にするのはこれが理由である。

現実的には、日本人は個人化することはほとんど全く考えられない。日本人は千年以上に及ぶ世間と中間団体の世界で生きてきており、断絶はなく、個人としての契機を持ち得たのは武士階層だけで、明治以降、世間と中間団体は強化された。

特殊な考え方を有する者、並外れた才能の持ち主、挫折経験者を除いて、世間や中間団体は自分自身の主体的考えや行動をせずに、無責任でいられ、構成員であるならば、一定の庇護があることから、人間関係上の緊張が高度にあるものの、日本人にとってこれほど都合の良い制度はなく、その存在が希薄化することはあっても、消えることは考えられない。

実際には、中間団体が再分配政策を利用して、構成員に分配するために、労働組合などは日本のリベラルの前身である社会党を利用していた。つまり、リベラルがどのように否定しようとも、リベラルつまり社会民主主義は、日本において、中間団体や世間と非常に相性が良かった。

 

B 世間や中間団体を希薄させた原因

現実的に、リベラルが日本の政治のヘゲモニーを握ったことはない。村山政権の時分だけであろう。つまり中間団体を破壊したのはリベラルではない。

中間団体は主に会社、労働組合、地縁共同体、家族などで構成される。

会社は経済的合理性を鑑みた場合、分配機能と保護機能を保つ中間団体性を捨てる必要があった。企業や日本政府から雇用維持のための補償を受けられるのであれば、この限りではなかったが、非正規労働の導入によって、失いつつある。

労働組合は日本労働者総連合の誕生によって失われた。連合は母体として大きすぎるうえに政権の新自由主義的な政策に親和性があるため、末端の労働者の声は届かず、連合が守るのはホワイトカラーのみであるため、労働者からは魅力がなく、構成員を獲得するのが困難で、分配機能は少なくなってきている。

地縁共同体の多くは地方経済に依存しているが、政府が再分配政策をやめれば、地方経済が疲弊し、地縁共同体は維持されない。

再分配政策が弱く、格差拡大政策が維持されていけば、ロワーミドル以下の世帯は経済力を維持するために共働きが増え、そもそも貧困化の危機があるため、結婚率が低くなったり、家族関係を維持するのが難しくなる。

これらは全て中曽根政権から始まり、小泉政権で本格化して今に至る。

 

中間団体や世間の存在は大企業からすれば、有能な人材を確保するのを妨げているため、政府は新自由主義の下、専門職などのアッパーミドルには多様性を求める。多様性はリベラルの価値観と共通するものの、再分配政策の有無、目的の違いという明確な違いがある。

新自由主義が推し進める多様性にはフェミニズムが入っているが、リベラルが女性全体の地位向上のために、全日本人への分配政策に拘るのに対し、新自由主義は有能なアッパーミドル以上の女性しか対象にしておらず、それは機会均等が最優先になる。

 

これらから、中間団体や世間の希薄化と、それに伴う倫理観の欠如をリベラルに求めるのは、無教養者である。理論的、合理的、現実的には、それらの現象は新自由主義の名の下に行われており、主要な政策ブレーンは竹中平蔵である。よもや、竹中平蔵をリベラルと考える者はいないだろう。

 

C ネット民がリベラルを原因としてしまう者が多い理由

ネット民の大多数はネトウヨであり、反リベラルであり、反知性主義であり、世間に内包されたがっている。彼らは学問を否定することから始まっている。

従って、彼らのルサンチマンの矛先は実際に彼らを搾取し、体制側である新自由主義よりも、反体制側で反論することや物理的行使がされ難いリベラルに向かう。しかし現実的に、リベラルは日本の政治のヘゲモニーを握ったことはなく、自民党新自由主義は一貫した政策である。

彼らが何故、八つ当たりをするように倒錯してしまっているのか?は別項「ネット右翼の右翼性」「ネット左翼の左翼性」にて既述してある。

 

D まとめ

日本の保守的なイデアはまさに保守を自称する自民党やネット民によって、風前の灯である。現実的に中間団体にとって必要なのは再分配政策であり、中間団体の構成員自らが中間団体を破壊するような選択をしなければ、リベラルはリベラル政策を実行できない以上、保守イデアを守りたいならば、新自由主義に反対する社会民主党共産党を支持しなければならない。

その他の政党は新自由主義政策に積極的に賛成であるか、協力的であるため、保守イデアを破壊する。

 

E 余談

ある人がリベラルまたは新自由主義を奉じていても、誰かが法律を破るか自己利益に直結しない限り、生き方を強要したり、批判することはない。個人主義に反するからである。多様性を認めるということは、誰かが自らの生き方と違うものでも寛容になるということである。内心の自由を侵す者は、リベラルや新自由主義や保守以前の問題である。