merlinrivermouth’s diary

酒にむかいて当に歌うべし。人生、幾ばくぞ。喩うるなら朝露の如く。去りし日ははなはだ多し。

弱者男性とは何か?また彼らに未来はあるのか?

私は甘えている人間が好きではない。議論が成立しにくいし、進歩が全くないからだ。本人の意思でそうなった、という場合は大いに同情できる。例えば、弱者男性が経済的に弱いのは彼らの責任ではない。弱者男性が、女性が自分よりも階層性の高い男性を婚活の目標にすることに対して、ケチをつけたくなる気持ちもわからなくはない。本人の意思ではどうにもできない問題だからだ。だが、自分たちと女性たちの地位を向上即ち再分配政策やフェミニズムを求めることに、自ら反対しといる以上、女性の恋愛観に対してケチをつけるのは甘えと言える。

彼らはまたこうも言う。女性が自らより階層性が高い男性を求めるのはフェミニズムの女性のダブルスタンダードだと。彼らの、このような倒錯した理屈は甘えがなければ発生しない。フェミニズムが日本社会の諸野の前提であるならば、彼らの主張は通るが、現実はミソジミーが前提となっている。ならば、現実がフェミニズムになるように主張しつつ、自らの生活のために現実に適応するのは至極当然のことだ。これを批判することは、現実生活に対して全く努力していない前提がないとできない。そんな男性と誰が人生を共にするというのか?

彼らの主張だけ聞いていると、現実が勝手に変わって、彼らの都合の良いようになることが正しい姿であると思っているようにしか思えない。だが、彼らが浮かばれる路線は再配分とフェミニズムしかないにも関わらず、彼らはそれを否定する。ますます彼らの階層は搾取され、女性は彼らと付き合うのをやめるだろう。

彼らのような存在は日本だけでなくアメリカにも存在する。アメリカでは、自己破壊的な人生を送り、低寿命で、ついには黒人の死亡率や平均寿命を抜いてしまった。アメリカにおけるプワホワイトもレイシスト化し、自暴自棄な事件を起こし、短い人生を終える。

日本でも、彼らの女性への犯罪が増えている。ベビーカーにわざとぶつかったり、手当たり次第に女性を押し除けたり。

彼らの憤懣やる方ない様は理解できる。経済的に落ちぶれたのは彼らの責任ではないし、私は格差拡大路線が正しい社会の姿とは思えない。だが、そんな彼らは誰でもできる努力をしないで、ただただ八つ当たりをするばかりだ。それでは、女性が彼らと敢えて交際しようなどとは思わないだろう。女性にとって優先順位が極めて低くなるのは自明の理だ。家族のための経済的努力を行う可能性も低いうえに、家族に対して共感力が極めて低いと推定できて、DV可能性が極めて高い人間が、非常に経済力が低く、女性と交際した経験がないというのだから、どうにもならない。

彼らの状況は不正義と言えるが、彼らが彼らの状況に甘んじ、最低限の努力も怠ることは、彼らの甘えであり、彼らの責任だ。リベラル政党に投票することや支持することは誰にもできる。女性に八つ当たりしないことは誰にもできる。恋人やパートナーを愛することは誰にもできる。それらすらできず、逆をやるというのは、自ら社会にとっての不穏分子かつ搾取対象かつ奴隷的身分だと証明しているようなものだ。

体制や保守政権は自らの都合のよいように、彼らの声を部分的に利用するだろう。逆再分配政策は継続し、女性の地位はますます下がる。弱者男性がますます困る状況に陥る。

これを読んだ弱者男性は甘えてないで、最低限の努力くらいするべきだ。それすらできないなら、自分の小さいプライドのせいで、野垂れ死ぬだろう。