merlinrivermouth’s diary

酒にむかいて当に歌うべし。人生、幾ばくぞ。喩うるなら朝露の如く。去りし日ははなはだ多し。

今後の投稿予定

A G7一律法人税率15%

B 日本のホワイトカラーの歪な世間と身の程知らずの傲慢不遜な文化、パワハラの横行、有意な人材の浪費、左翼の停滞、労働者の搾取

C 川崎か浦和にカラオケに行きます

D SkyrimのMod、A Witcher adventure の紹介

E 都議選挙、キレてる人は行きましょう

僕はカントではありません。かんとです。

カント。ゲルマン人から続く誠実原則を有し、諸外国の人をげんなりさせるドイツ人で、尊厳と理性の重要性を唱えた、世界の生活指導教諭最右翼的哲学者。

確かに、僕は他者の尊厳は大切にしなければならず、理性を重視しています。ですが、そんなん、欧米のアッパーミドル以上ならあったりまえの話です。自称先進国の日本のホワイトカラーがイカれてるてだけ。

では僕がカントのように、パートナーの尊厳が大事だから、100%浮気ダメとか考えているか?と言えば、ちょっと違う。

確かに、僕は狭義には浮気しません。そのうちカント的な考え方は50%あります。

しかし、理性で裏切りとか支配とかしないというのは確かですが、カント的動機は50%です。もそっと即物的

 

女性で浮気OKて、90%以上嘘です。だって、結婚して子供できたら、女性は浮気できないんですよ?浮気OKな女性でも、夫が浮気したら、キレないわけない。つまり、浮気という選択肢は事実上ありません。

で、それでも浮気する手段て、いや絶対にバレる。絶対にバレる状況から、バレないようにやって、おまけに得るものは浮気相手とのゴタゴタ。そんな不毛でしかないことに延々とエネルギー使うなんて、ただのアホです。

そんなんだったら、趣味に浮気します。

つーか、僕の親父なんて週に3日は釣りに浮気しています。もはやそれは浮気ではない。不倫です。

でも、小言言われてるくらいです。

 

また、パートナーが一人で旅行行くとかに不満な男性が多いとかよく聞きますが、確かにパートナーの自己選択権を尊重しないなんてクソだ、と思いますけど、実は僕にはちゃんと即物的な理由もあります。

僕が21の時、彼女が田舎に帰るというので、それまでの三ヶ月、家賃がもったいないから同棲しようと提案しました。

最初の一ヶ月過ぎるとね、もうすげー辛い。まず夜眠れない。いや、下ネタではないです。とにかく一人の時間が作れなくて、辛かった。しかも僕が言い出しっぺなので、それを彼女に告げられない。

いや、別に嫌いではありませんでした。大好きでしたよ。でも、「早く田舎に帰ってくれー」と切実に思ってましたね。

一人で旅行?渡りに船じゃねーか!という。

それをパートナーを支配したいとか、自分の理想に型はめるという理由だけで、手放すなんて、アホだ、アホ。同棲くらいね、経験してみるべき。そうしたら、分かる。

 

僕は理性的で、相手の尊厳を重視してます。じゃあ我慢しているか?と言われれば、どうでしょうね。

先が読めるから、大変な方を避けているという部分も相当程度ありますね。

そもそも、僕は愛が快感なんです。快感のために快感を得ようとはなかなか思えない。だから、相手を尊重するために我慢するのが快感なんだから、それは理性で我慢してるて言わないです。

 

故に僕はカントではありません。かんとです。

赤信号とかベランダにゴミとかとにかくルールとか信用とかすげ〜うるさいドイツ人の、更に理性とか尊厳とかにめちゃくちゃうるさい哲学者と一緒にしないで下さい。

僕は、たぶん、そこまで口うるさくないです。

東京五輪と新型コロナと整理解雇と中選挙区制

この前の都知事会見で、小池百合子東京五輪中止を一切言及しなかった。即ち、東京五輪は行われる。

現在、インド日本間では直行便が飛んでいる。というより、経済的に採算が合う路線は全て直通している。事実上、全く規制がない。

日本の入国に際しては、二週間の隔離措置が行われているが、日本より人権状況が悪い地域の人々にとって、あまりマイナス要素にならない。

選手やスタッフの、日本での交流を行わないように求めるというが、仮にそれができたとしても、観光客には関係がない。

また、観光客以前に、五輪期間中は人の流れが多くなるだろう。

政府や東京都は五輪開催期間中も緊急事態を継続するという含みを見せているが、現時点でさえ、補償金があまりに少ないために、デパート、駅ビル、チェーン店で開けているところが増えている。五輪開催期間中に実効性ある緊急事態措置を採れるか甚だ疑問だ。

無観客試合にしたところで、何か意味があることには思えない。

それでも、ワクチン接種率が50%以上ならば、だいぶ効果があるだろうが、残念ながら東京都は1%らしい。

最低でも、神戸程度の感染拡大が東京で起きるように思う。となれば、東京都だけで1日の感染者は五千人程度になり、医療は崩壊し、文字通り、医者にかかれず、景気も崩壊するだろう。

大企業はジョブ型雇用を行い、一般サラリーマンの待遇を大幅に下げる考えがあった。しかしながら、ロワーミドル向けのマーケットを構築する前にジョブ型雇用を行えば、国内経済は疲弊してしまう。そしてコロナによって導入を延期した。

しかしながら、ことここに至っては、財界がコロナを利用しても非合理的ではないだろう。というのも、何もジョブ型雇用を導入するまでもなく、整理解雇するだけの正当性がある状況であるうえ、ロワーミドル向けマーケットはあとで構築すれば済む話だからだ。

どこかが整理解雇を行えば、たちまち全日本的現象になる。バブル崩壊の時にしわ寄せが来たのは一部の世代だけだった。この度は更に大きな規模で、全世代にしわ寄せが来る。助かるのは、既に隠居なされた人、富裕層、彼ら相手のビジネスだけだろう。

東京新聞のデータを発表した赤旗によると、東京都の五輪反対は60%、菅政権の支持率は16%という歴史的な数字だった。にも関わらず、自民党都連は三人区で二人などの複数候補を擁立しようとしている。当然、歴史的敗北が予想される。自民、都ファ、維新合わせて20程度の議席だと私は予想している。

小池百合子東京五輪中止を宣言していれば、都ファだけは違った結果になっていただろうが、小池百合子国益や子分の面倒より、自身の利権を選択したようだ。極右ですらない。カスである。

自民党は国政で、更に国債を発行して、再分配して、選挙で戦おうとするだろうが、一体どこまで自民党の支持を繋ぎ止められるのか甚だ疑問である。国民民主がクソで、野党共闘の足を引っ張るため、政権交代は30%程度だろうが、自民の議席は最低でも過半数ギリだろう。即ち自民党公明党ヘゲモニーを握られる。

公明党の悲願は中選挙区制の復活である。自民以外は公明党と利害が一致している。公明党にとって、自らが選ぶ自民党総裁より優先順位が高いだろう。そして、実は、宏池会や石破グループも中選挙区制の方がいい。

そもそも日本の、いやヨーロッパ含めて政治状況の劣悪の根源は小選挙区制の導入にあった。特に比例代表が少ない日本なんて最も弊害が大きい。決められる政治が一体何を決めてきたというのか?決断力ある奴はかっこいい、付き合うには楽しいだろうが、結婚するなら、優柔不断なマザコンの方がマシだったりするだろ?そもそも自民党がずっと政権にいるのに、自民党内で政治の方向性の議論がないのでは、ただの一党独裁である。そして、自民が変質した直接的理由は小選挙区制導入にある。自社政権は定見もなしに、無自覚なまま、小選挙区制という悪魔と取引した。

国会で中選挙区制の議論になれば、公明と野党、自民党造反組過半数であり、自民党は公明に依存している以上、公明にも造反組にもどーすることもできないだろう。

いや、そもそもその時点では、自民党はトップ不在で、多数派はバカと間抜けの烏合の衆状態だろうから、造反組をなんとかするどころか、なーんもできやしないんだろうが。

 

後書き

こんなんなってのは、小選挙区制と日本の了見狭いサラリーマンが自民、維新、小池、国民民主に入れてきたからである。

この度、右翼はどちらも失うことになる。

 

後書き2

僕が歯科医師さんと美容師さんに両方同時に恋をしていて、なんとか誠実な対応を採ろうと努力している話をしましたが、僕は最近気付いたんです。

もしかして、僕はMなのか?と。

どーしてか?というと、歯科医師も美容師も、どちらも患者(客)を椅子に縛りつけて、好き放題やる。

という、どーしよもなく、くだらない話でした。

あ、主題とは、全くなんの因果関係もありません。

「自己肯定感」という言葉が誤解されていること

なんでも巷には自己肯定感という言葉が流行りで、何でもかんでもそれに結びつけているようだが、自信なさげな態度や低姿勢な態度について言及している場合が多い。これは誤謬である。

周囲に悪影響を与えるような人は自我の評価が一致していない。外見的に自信があっても、本質的に自信がなく、外見的自信は己の自信のなさを補うものである。本人がそれを意識しているならいいが、大抵の場合、全く意識していない。というのも、ほとんどの場合、外見的自信が生まれる理由は、真に自信がないにも関わらず、外見的な自信を自分自身だと思い込むことによって成立するからだ。これは一種の精神的な逃避である。自己の乖離が病的に広がると、モラハラパワハラ、虐待、いじめ、突発的な暴力、傲慢で過剰で頻々な尊厳を無視する発言や態度、束縛や支配欲と至る。この種の人は自己肯定感が低いので、自分の価値観や考えを当てにできず、また周囲の評価を異常に気にするから、世間的なステレオタイプの評価基準が絶対的になる。

ということは、逆説的に、自分を「自信がない」と語ったり、自分の欠点を曝け出したり、礼儀正しく、低姿勢であったり、自己実現のために努力したり、社会的に困っている人の悪口を言わない人や寛容な人、ゆとりぽっい人、社会正義に関心がある人、個人主義である人は真の意味で自分に自信がある、ということだ。

そこで勘がいい人は気付くだろう。

「日本じゃ、自己肯定感がある人なんて、ほとんどいなくね?」

その通り。日本人の大概は自己肯定感が低い。

何故、このような理論になるかと言えば、そもそも心理学や精神医学は個人主義の欧米発祥であるので、個人主義でない人が社会的に不適合な予備軍であるという前提から話が始まっているからである。日本人のほとんどの人は個人主義ではない。むしろ日本では、個人主義の人の方が社会不適合者予備軍のレッテルを貼られがちである。

であるからして、この種の議論を行える適格者は個人主義であり、人道的で、西洋近代の価値観を内実化している人だけであるとし、日本人は人格障害予備軍が基本であるとする。もしくは「そんな議論を日本人に持ち込むのがちゃんちゃらおかしい」とするか、どちらかになる。

その辺のところを全て捨象して、日本で流行らせているから、「あの人、低姿勢だから、自己肯定感が低い」みたいな真逆の評価をしてしまっていたりするのである。

いやーたぶん、あの人はお前さんより遥かに自信があると思うよ。

だいたいさ、自信ない奴が「自信ないです」言うわけないだろ?

家族という究極の中間団体

日本人が中間団体の制約から逃れるのは難しい。それらは経済的な利得があり、生活を保障している部分が大きいからだ。

しかし中間団体の規範は精神的な自由を奪う。団体の自治の主導権を誰が握っているかで構成員の精神的負担や精神的な充足が決まってしまう。日本が中世と言われる所以である。

最たるものが婚姻である。日本の場合、女性に専業主婦を求める場合が多く、そして経済力があればあるほど、主導権を握る方の度量や了見が狭くなる傾向がある。貴族階級と言える僕が言うのだから、間違いない。

一度専業主婦になれば、再就職は難しく、サービス業のバイトやパートで所得を得るのが普通になるが、現在はコロナ禍であるため、やはり夫の支配から逃れて自由に生きるのが難しい。

経済的安定を求めるか?精神的な負担から逃れて、充足を求めるか?という二者択一に狭られるケースはよくあるだろう。

 

何故、夫側は自分だけが苦しいと思うのだろうか?

何故、妻を支配しているという自覚がないのだろうか?

愛する人の立場に鈍感だから、傲慢になり、妻が精神的に追い込まれることになる。

例えば、女性が子供を捨て、経済力のない若い男の下へ逃げたという話があったとしても、僕はその行動を浅はかで愚かとは全く思わない。

夫側が妻の子育てに関する苦悩や生活に対する不満、自分の生きる道を捨て、夫と結婚したことに対するルサンチマンを全く聞かないなんていうのは、非常によく聞く話である。

夫が了見が狭いならば、自らの仕事とか人付き合いとかその程度のことで、妻が自身の自己実現を諦め、人生を家庭に賭けているということを無視する。そして、大概は日本の夫というのは、了見が狭い。

金があっても、精神的に不幸であれば、それは不幸だ。精神的な不幸を代償行為で埋めるだけの資産が一般家庭にあったとは思えない。

そもそも、特に大企業の正規労働者はよく勘違いしているが、彼らの特権的地位は保障されていない。コロナ禍の整理解雇の可能性はあり、コロナ禍で延期される可能性があるとはいえ、十年後にはジョブ型雇用が施行されているだろう。

精神的な代償を金で賄うことができないなら、それは貧乏なのと大して変わらないし、また実際貧乏になる可能性が相当程度ある。

女性が前の家族にいっぱいいっぱいで、明らかにいい奴、度量がデカい奴の下に逃げたとしても、それが間違っているとは思えない。

ある人は女性側に責任があるように言うだろう。だが、僕は夫側が中間団体の長としての責務を果たしていなかったことに問題があると思う。切迫感がなければ、逃げなければいけないという覚悟がなければ、金がない若い男と一緒にならないだろう。

 

僕が購読している人はまさにこの貧乏な若い男性であるが、彼は奥さんに「こんなはずじゃなかった」「嘘つき」と言われているらしい。

だが、僕は、それは彼に対して言ってるように言っている台詞に思えない。

世間は、女性に、家庭を持つことがどれだけ精神的経済的に満ち足りるものか宣伝している。小泉政権以前なら、必ずしも間違っているとは言えなかった。だが、今は詐欺に近い謳い文句だ。

安定した稼ぎがあって、ヒューマンな男性なんて、何割いるというのか?

自分の人生を家庭に費やし、経済力と精神的支配、自由と貧乏、どちらか選べと言われ、それは単に間違っていた相手と婚姻していたからで、元夫とは二人の子供がいる。

日本の世間や男性全般に対して、「こんなはずじゃなかった」「嘘つき」と言いたくなるだろう。

 

僕は、俺は日本の男性の一員として、無頓着故に傲慢な男に苛立ちを隠せない。そして、だからこそ、この不幸な社会システムをどうにかできないものか?と考えてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

カラオケに行けない

都市部在住の僕はこのコロナ禍でひっそりと、もじもじしている。

この落ち着かない気持ち…そう、カラオケに行けない。

キレそうになって、「茨城とか群馬とか山梨に行くか?」とか考えてしまう。

新幹線使わなければ、二千円?笑

どうにもならない。

ということで、過去の音源を無駄に上げてみる。

 

例の如く、カラオケの録音とマイクなので、聴く時はイヤホンかヘッドホンがないと、音が割れまくります。

 

ジターバグとMissing。エルレガーデンは昔友達に教えてもらった。以前はアジカンを聴いていた。キャッチでありながらも、誠実で実直な音が好み。

https://www.clubdam.com/app/damtomo/SP/karaokePost/StreamingKrk.do?karaokeContributeId=26528790

 

https://www.clubdam.com/app/damtomo/SP/karaokePost/StreamingKrk.do?karaokeContributeId=26931057

 

SweetnessとBleed American。Jimmy eat worldは19年前に近所のレンタルDVD屋で試聴してハマった。即座にCDを買った。Jimmy eat world最初期からのファンである。

ただ実直で、媚びない音。

https://www.clubdam.com/app/damtomo/SP/karaokePost/StreamingKrk.do?karaokeContributeId=26764592

 

https://www.clubdam.com/app/damtomo/SP/karaokePost/StreamingKrk.do?karaokeContributeId=26948857

 

Fall out boyのI don't care、My chemical romance のThe ghost of you。10年前は彼らしか聞いてなかった。前者はポップで皮肉の効いた曲調、後者は直裁的でやり過ぎ。どちらも実はかなりテクニカル。

https://www.clubdam.com/app/damtomo/SP/karaokePost/StreamingKrk.do?karaokeContributeId=26949679

 

https://www.clubdam.com/app/damtomo/SP/karaokePost/StreamingKrk.do?karaokeContributeId=26949237

 

ONE OK ROCK の夜にしか咲かない満月。今やポップ的になっているが、最初期はガチガチのロッカーだった。ちょっとパンキッシュでテクニカルな曲調。メッセージ性の強い歌詞。僕が彼らの曲と出会った時、僕は虜になった。

https://www.clubdam.com/app/damtomo/SP/karaokePost/StreamingKrk.do?karaokeContributeId=26950018

 

MR.BIG、Take cover。随分古い名曲。

https://www.clubdam.com/app/damtomo/SP/karaokePost/StreamingKrk.do?karaokeContributeId=26764567

 

 

 

傲慢が綻びを生むというのか

 中学受験をしていた頃、塾の同級生は点数を競っていた。そして、点数こそが人間の価値を決めると固く信じていた。

 僕は週に一度の塾の試験を受けて、見直しの授業に参加していた。隣にいた席の三人組は僕に声をかけ、「こいつはすげー勉強できるから、頼りにした方がいいよ」と仲間の一人を指した。

 一緒に見直しをする過程で、最後の問題だけが、僕と彼とで答えが違った。

 「こいつと答えが違ったなんて、お前が間違っているんだよ」と三人組は僕に言った。

 「俺は間違ってないよ」と答え、問題を解説した僕に、「何偉そうにしてんだよ。お前、バカだからわかんないだよ」と三人組。

 果たして解は僕の答え通りで、三人組は先生を疑ったあと、気恥ずかしそうに黙ってしまった。

 

 ある塾では、僕は馬鹿にされていた。数十人が参加しているクラスにいた時、先生から問題を出された。僕は開始三分で解を確かめに先生のところに行き、正答を得た。だが、5分経っても、10分経っても、誰一人解を導き出せない。結局、先生が解を発表して、授業に入った。

 「あいつ、頭いいの?」と誰かが呟いたのを覚えている。僕は僕を馬鹿にしている連中がこんな問題を解けないことがわからなかった。単に三角形の面積を出す問題を回転させただけだった。

 誰かが「カンニングしたんだろ」と言った。是非とも教えて欲しかった。僕以外誰一人として解を出せていなかったのに、僕は誰の解をカンニングするというのか。

 彼らは習っていないことはできないし、予見可能性がないことが起きるとパニックになってしまうのだ。

 

 他の塾で、階差数列の和を導き出せという問題が出た。僕は数列を習っていなかったけれど、なんとか自分の力でパターンを見抜いて、答えを導こうと思った。

 そして、最初と最後の和と前から二番目と後ろから二番目の和が同じであることに気付き、解を得た。

 先生は「なんだ、知っていたのか」と言った。僕は何も答えなかった。どうせ、信じやしない。

 

 同じ塾で、僕はあまりに出来過ぎていた。同級生の親たちは僕のカンニングを疑った。彼らの誰よりも点数が良いのに何をカンニングするというのか?僕がピタゴラスの定理を発見した様を見ていた先生も同級生の親たちに同調した。

 僕はその塾を辞めた。

 

 僕が第一志望を受かった時、辞めた塾の先生から電話があった。どうやら自分の功績を誇っている様子だった。僕は頭に来て、怒鳴ったあと、電話を切った。後で母親が言うには、その先生は「恩知らず」と僕を怒っていたらしい。いい気味だった。

 

 小学校を卒業間近の発表イベントで、僕が好きな女子と同じグループになった。彼女も僕になんとなく好意を寄せてくれていたのは気付いていた。

 今でも覚えている。僕は小五の時に隣の席だった彼女がほのかに好きで、僕が受験間際に親に強制的に小学校に通うのを止めさせられていた時、バレンタインのチョコを家に届けれくれたのは彼女だった。

 発表イベントで彼女がミスし、僕は彼女に怒ってしまった。彼女は泣いて、彼女の友達が僕に「そこまで言うことないんじゃないの」と強い調子で僕を叱った。

 本当にその通りだ、と僕は思った。中学受験をしていた連中と同類になるなんて、真っ平ごめんだった。

 僕は彼女に謝り、二度と傲慢になるまいと心に誓った。

 

 僕は中学受験の経験から地元の区立に行きたかった。だが、親は体罰ありきで、受かった学校に行かせた。

 学校の生徒は傲慢と偏見によって、自身の存在を証明していた。僕は彼らを反面教師とすることにした。そんな僕を彼らは嘲笑い、そして馬鹿にされていると感じていた。

 いつからか、僕が裏口入学したという噂が立ったが、僕は否定するのすら馬鹿馬鹿しかった。

 ある時、僕と同じ塾にいた同級生が僕に言った。「川口て、受験の時、カンニングしたんだろ?」

 僕はこんな学校に通っているのがちゃんちゃら可笑しくなって、親に黙って、辞めた。

 

傲慢と先入観は思考を停止し、自身を無謬に置くものだ。従って、自身を適切に評価できず、主体的に行動するのが難しくなる。また他者の心情や行動も理解しなくなるため、仕事、恋愛、友人、社会分析、全てにおいて、能動的な成果を出すことができない。即ち、傲慢と先入観を強く抱くと、パターンに沿った行動や思考しか出来なくなり、それを外すことが難しくなる。

傲慢と先入観を持つ或いは持てるのは、自身の評価が少なくとも外見上は高いからである。これは自己評価が低いことの裏返しであり、だからこそ、傲慢と先入観で武装している。

しかしながら、傲慢と先入観で武装すれば、内実が表面上とますます乖離してしまうため、ますます傲慢と先入観を頼りにする必要があり、内面的な退化は留まることを知らなくなる。

パターンに沿った行動や思考しか出来なくなるというのは、単に能力だけを指すのではない。傲慢な人や先入観が強い人ほど、内実、非常に自信がなく、極めて脆いため、あらゆる挫折を忌避し、ありとあらゆることのチャレンジを敬遠するようになる。社会生活を行う上では、ある種のオーダーに従う以外に選択肢がなくなってしまう。

人間の傲慢や先入観はAIの持つデータより遥かに精度が低く、それを強く持つ人ほど私情を判断に挟む。結果として、彼らは意思決定やクリエイティブな仕事に責任を持つことが難しくなる。

 

自信があるかのように見える女性ほど、男を見る目があると言い、表面的には自信がある男が好きだが、表面的に自信がある男ほど、内実が伴わないことが多い。これは、自信があるかのように見える女性はやはり内実が伴っていないケースが多いため、ステレオタイプの評価や判断しか出来ず、自信がある男が良いという真実の意味を理解しないまま、表面的な自信ー即ち傲慢な男を評価していることが多いためだ。

真に自信がある人間は傲慢でもなければ、先入観で判断せずに、自分の心で感じ、自分の頭で考え、礼儀正しく、自分の過ちに対して頭を下げるのに躊躇はない。

傲慢と先入観の罠に陥り、それに無自覚なままでいれば、その人はありとあらゆる場面で、ひたすら堕落し続け、人間的な幸福を遠ざけることになる。

だが、傲慢と先入観の罠に陥っている人は脱するのが難しい。何故なら、「お前がそうだろ」と自身の無謬を証明して、自分を守ってしまうからだ。